ロジャーに話があると言われたのは僕らが6才の頃で、当時はまだ仲の良かった僕らは揃って首を傾げた。
「ニア ぼくたち なにか したっけ ?」
「…?」
思いあたる節が無いのでニアに聞いてみると、また彼も分からないと言うように首を傾げた。
「まあ、いって みたら わかる よね」
そう呟いて、当時はまだぺたりと正座を崩したように座っていたニアの手を引っ張る。
ニアの手の中からころりと赤い四角の積み木が転げ落ちた。
「ロージャー。はいって いいかい?」
トントン、とロジャーの執務室の扉を叩いた。中から「どうぞ」と見知らぬ声が聞こえる。
「「…」」
僕とニアはお互いに顔を合わせた。
ロジャーの部屋なのにロジャー以外の声がするのは、おかしい。
でも僕らはロジャーにこの部屋に来るようにと呼びつけられたワケで、誰の声だか分からない声は、ロジャーの部屋から入室を許可しているのだからそれでいいのだろう。
メロがそう思った瞬間、ニアがこくりと頷いたので、メロも「うん」と頷いて「しつれい します」と扉を開けた。
「…」
真正面の机の後ろに、やはりロジャーはいなかった。
その代わり、見た事も無い接待用の机と、僕らが座る事を許されないようなふかふかの椅子の上に、声の主がいた。
「初めまして、メロ、ニア」
彼は持っていたティーカップを奇妙な手つきのままソーサーに戻すと入り口に立ったままの僕らに笑いかけた。
「入っていいですよ。生憎ロジャーは貴方がたを呼んだ後で別客がおいでになられたので席を外していますが」
「「…」」
僕らはやはり顔を見合わせて、質問するよりも早く返って来た疑問の答えに少し考えて扉を閉めた。
どうやらロジャーの客人らしい彼は、その素晴らしい感触(多分)のふかふかの上に勿体無い座り方で座っていて、メロは変なヤツだ、と思った。
「どうぞ、こちらに来て下さい」
彼が手招きするので閉めた扉から離れて、彼の近くに歩いて行った。
「座って、これも食べてもいいですよ」
「…!」
彼の言葉に改めて机の上を眺めると、そこには御伽噺でしか見ないようなきんぴかなお菓子が見事に整然とならんでいた。思わずメロの口がぱかーっと開く。
「…メロ」
今にも涎を垂れ流しそうなメロにニアが小さく服の裾を引っ張った。
「椅子に座って、お茶を始めたら用件を話ましょう。…私はLと申します」
「える?へんな なまえ」
「…メロ…」
僕らがよじ登るようにして椅子の上に座ったのを見届けて、Lと彼は名乗りをあげた。
高価そうなティーカップの上にやはり奇妙な手つきでポットから僕らのお茶を注ぐ。
「はい、どうぞ。…そうですね、まあ通称ですから」
「…『つうしょう』…ほんとう の なまえ では ない の ですね」
ニアが呟いて、Lがその通りです、と微笑んだ。
それに僕らは少し意外に思ってLを見る。
Lは「これが美味しいですよ」とお菓子を勧めた。
普通、大人ー…Lはまだ大人というにはまだ年若い気がしたが、兎に角僕らよりも年が多い人達は、普通僕らの年頃では知り得ない言葉を口にすると、驚いたりするもので、それから誉めてくれたり、子供らしく無いと侮蔑されたりするのだがー…Lはそれを思わせる言動一つ、反応一つしなかった。
ニアも新鮮な対応に些か驚いたようで、瞬きを何度か繰り返してLを見つめた。
「本名をお教えできなくて、大変申し訳ないですが、私の名前はLを継いだ時に捨ててしまいましたから」
と申し訳なさそうに笑った。
「…すてた の ?」
捨てたという単語を聞いて、既に痛まない筈の胸が痛んだ。
それに感づいたのか、ニアがちらりと此方を窺ったので大丈夫だというように小さく頷いた。
「はい。捨てたというよりかは元より無い名を失った…という感じですが。今はLという身の上一つです」
「ふぅん」メロは呟いて、折角だから出されたお菓子を一つ取り上げた。
それを半分に割ってニアに渡す。
「それで ぼくたち に なんの よう ですか?」
メロから受け取ったお菓子を手の平に置いたままでニアが問う。
そう、僕もそれが知りたかった。…メロは口に放り込んだお菓子の甘さにうっとりしながら、Lを見やった。
Lはずっ、と紅茶を啜りあげてから「はい」と答えた。
ゆっくりティーカップを戻して口を開く。
「お二人にはLの跡継ぎの候補になって欲しいのです」
「「…は?…」」
ぽかんと口を開けたメロとぴたりと動きを止めたニアにLは続けた。
「Lとは世界一の探偵の事です。時には全世界の警察も動かします」
まったく気負った様子の無い語りに、メロとニアは再び顔を合わせた。
「……」
なんでそんなヤツがこんな所にー…と思ってからメロは小さな悪戯を思いついた。
「…それなら、これを といて みてよ。 せかいいち なら かんたん だろう?」
言って、ポケットにいれていたルービックキューブを取り出しLに渡す。
最近もらった物でよくニアとどっちが早く解けるか競って遊んでいる。
Lは「…はぁ」と抜けた声で呟くとやはり奇妙な持ち方で全面眺めた後、2度程爪を噛み、迷う事なくキューを回し始めた。
「…これで如何ですか?」
それはただの揃っていないキューブに見えた。
しかし、よくよく見るとそれぞれの面の右端を手前に一つだけ回転させてしまえば完成されるように揃えられていた。
「 すごい 」
ニアが呟いてLを見る。
「面の模様を自分達で決めると、もう少し遊べるかもしれませんね」
Lはその辺にある菓子を口に頬込み、首を傾げる。
「 える は これを さわる のは はじめて ですか?」
メロも素直に凄いと思ったが、何となく不機嫌な気持ちになる。
「そうですね、実際やってみたのは初めてです」
Lが返答をした所で、小さなノックと共にロジャーが入って来た。
「おお、話が弾んでいるみたいだ。L…例の話は?」
「一応さわりだけお話ししました」
「わかりました。…二人共…この話を受けていいだろうか」
「返事は急ぎませんが…」
ロジャーの要求に、Lが少し控え目に付け足した。…がメロの答えは決まっていた。
「ぼく は いい」
「…!」
前にいる大人二人の反応がない中、ニアが少し驚いたようなのが意外だった。
「きょうみ は あるよ だけど なまえ すてる なんて ごめん だね」
「…そうですか」
Lがそっと微笑んで、メロは逆にびっくりしてしまった。
少し顔が赤くなる。誤魔化すようにニアに話を振った。
「ニアは」
「…おうけ します」
「?!ニア?!」
今度はこちらが少しだけ、驚いた。
小さい頃から常に…というくらい一緒にいた。
考える事も真反対に見えて大筋では一緒だったから己が断る話をニアが受けるとは思わなかったのだ、メロは。
「とても きょうみ が あるのです。 どうせ この み さえ、 ない も どうぜん。 ひつよう と される なら」
ニアの言葉を受けて、メロは小さく俯いた。
「…じゃあ ぼくは もういいね…それじゃ」
その場にいる事に耐えられず、メロはぴょん!と飛び降りると、部屋を抜け出した。ロジャーの声が聞こえたが、無視して走り抜けた。


初めて会った時、僕はLが嫌いだった。

ニアをどこかに連れて行ってしまいそうだったから。


////next stage/////

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