小学校に上がる年齢にもなると、ろくでも無い知恵をつけ始める者が出てくる。
そして、明確な縄張りを作ろうとするのだ。支配力も強く無いと満足出来なくなる。
そんな奴らの事なんざ知った事ではなかった。
自分達を巻き込まなければ。


【僕らの青空】


「…なんだよ、ニア。またやられたのか?」
ニアが今月になってから二度もバケツの水を被って帰って来た。
「あー…、そこで待ってろ。タオルかっぱらって来るから」
今の時間ならリネン室に誰もいない筈。メロはわざわざ窓から戻って来たニアに言い置き、部屋を飛び出した。
(ったく、何でやり返さねぇんだ?またLがって言うんだろうな…ったく、あの隈野郎の何がいいんだか。…ま、頭なんだろうけどさ)
読み通りにリネン室は空で、メロはタオルとバスタオルを一枚ずつ失敬する。
「ニア、戻ったぞ…って何やってんの、お前…」
バケツの水を被ったニアは庭の水道で髪に被った汚れの大半を落とし、上着を脱いで窓の淵に手を掛け、何やらびこびこと上下していた。
「…見れば、分かるでしょう…。中に、入りたいんです」
頭はいい癖に、(だからどこに足をかけたらいいかなんてのは、どこの誰よりも分かっている癖に)壊滅的な運動神経のお陰で窓から侵入さえままならないニアに、メロは溜め息一つ手を差し出す。
「だぁから、そこで待ってろって言ったんだよ。ほら。」
ニアの手を取り、少しもたつきながら、ぐいっと体を引っ張る。
どさっと転ぶようにしてニアが室内に入った。
「…すみません、メロ。でも今日こそは一人で入れる気がしたのです」
「ああ、そう。」
全く負けず嫌いなんだから、とメロは自分の事を棚上げして、ニアの体を起こすのを手伝った。
「ほら、シャワー行くぞ」
「…はい」
ニアを連れてシャワールームへと歩いて行く。
「ちゃんと温まってから出てくんだぞ!じゃなきゃ風邪ひくからな。Lに知られたくねーんだろ?」
脅し文句のように言うと、ニアが渋い顔で「分かってます…」と呟く。
メロはその間にニアの靴などを片付けてくる、と玄関に向かった。
(全く、なんだってあんなに『L』ばっかなんだよ、アイツ。そりゃ、知られるのは格好悪いけどさ…)
ニアの感情のベクトルは完全にLに向かっている。それが、妙に腹が立った。
(今までは俺が一番だったのにさ)
ふと思って、「え」となった。もしかして、妬いているのだろうか。ニアの隣を奪われた事に。
それは、大変格好悪い。…大層格好悪いと思った。
それから、悔しかった。
ニアとはずっと一緒だった。気がついた頃から一緒で、深く考える前にメロの理解者はニアなんだと思っていた。
…それから、ニアの理解者はメロなのだと。
だから、己の半身を引き裂かれたようで、辛い。
メロはニアがバケツの水等を引っ被って来たりして、凄く辛いのに、ニアが仕返しをしようとしないから、メロも出来ない。
しようとしないだけなら、メロはニアの仇を取れるのに、それがニアに迷惑になるんだと理解出来るから、尚辛い。
「ニアのバーカ…」
思わずジワリと瞳が濡れる。
メロの部屋の窓の下に置かれたニアの靴を掴んで、メロはぐすっと鼻を啜った。
「メロ?」
「Σ!?」
背後からいきなり声をかけられて、メロは思わず飛び上がった。
目を袖で擦ってから、後ろを向いた。
「あ、アンタ、Lっ?!」
「はい、久しぶりですね、メロ。…ところで、今日はお忍びで来ているので、もう少し声のトーンを落として貰えますか?」
くっと首を傾げて、お忍びで来ている割には慌てる訳でも無くLが言う。
「…分かった…。ニアに会いに来たのか?」
我ながらぶすっとした明らかにふてくされている声になったと思った。
しかしLはそれにも頓着せずに「いいえ」と返事する。
「ちょっと私の部屋に会いに」
「は?」
素っ頓狂な声を出すメロに、Lは口元に微笑みを作る。すっとメロの部屋を指差した。
「今はメロの部屋ですね?…昔は私の部屋でした」
突然の告白にメロの口がぱかっと開く。
「アンタ、院の出身なのか…?」
「ええ。…なので、行き詰まった時なんかにたまに来るんですよ。」
「…アンタでも行き詰まる事、あんの?」
ちらりとLを見上げる。するとLは「私も人間ですから」と笑う。
メロはそれがちょっと不思議で、Lの真っ黒な瞳を覗いた。肌は綺麗な象牙色なのに、夜を吸い込んだような黒い瞳と髪の色に、俄かに興味が湧いた。
(コイツもニアみたいに、Lになったのかな?)
そう思うと、何だか少し親近感が湧いた。
相変わらず、自分から名前を捨てるなんて愚考だと思うし、相変わらず、恨めしかったりはするのだが。
「あ、ニア!」
「?」
そこで、ニアの部屋から着替えを持って行かなければならない事を思い出した。
「悪い、もう行かなきゃなんない。…良かったら部屋、見てっても構わないよ」
言って、踵を返そうとする。
「メロ」
と静かに声が振り注いだ。
「何?」
「…これいりませんか?私と同じで甘いモノに目が無い様子でしたので」
差し出されたのは、薄い板チョコ。
院では僅かばかりだが、おこずかいもくれるけれど、それで好きなだけお菓子を買うのは無理な話だ。だから、メロはそれに極力手をつけないでいる。何かあった時に使った方が良い。
だから、メロは少し考えてから、チョコを受け取った。
「サンキュ!…アンタも頑張れよ」
言って、急いで靴を片付けて、ニアの服を持ち、シャワールームに向かう。
「悪ぃ、遅くなった!」
「いえ。有難うメロ。…もしかしてバレましたか?」
遅くなった理由を危惧して、聞いてくるニアにいいや、と答える。
Lが…と続けようとして、なんとなく口を噤む。
「ちょっとな」
「…?そうですか、では着替えて来ますね」
服を渡して、着替え始めたニアを後目に、メロはズボンにしまったチョコにそっと手を触れた。
(どーせ、ニアにLの事言ったら『Lが』が始まるからな…)


たまには隠し事もいいだろう。


…………………………
…あとがき…

懺悔=ざんげ
俄かに=にわかに
僅か=わずか
踵を返す=きびすをかえす…引き返す。
(踵=かかと)

あんまり使わなさ気な漢字を書いてみた(かなり今更)。


よく私の中に出てくる「Lにばらすぞ」は最初メロが使ってると面白いと思った(笑)


水野やおき2005.07.14


////next stage/////

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