さむいのも いたいのも。
 きっと がまん できる。
 でも。
 でも さみしいの だけは

 がまん できない。


『たった一つの為だけに』



 やっと終わった。
 メロは一息ついて、空を見上げる。
 今まで実感は湧かなかったけれど、この瞬間は確かに終わったんだと、そう思えた。
「メロ」
 待ち人の声がして、メロは視線をさげた。
「ニア」
「よくもこんな所に呼び出してくれたものですね」
「出て来たと思ったら初っ端にそれか、ニア」
 よく見知った筈の幼馴染の顔はここ数年で随分と大人びた。
 院を飛び出してから、一度会った時にも変わったと思ったが、更に大人びたニアの表情がそれでも昔とちっとも変わってなくて、メロは不機嫌な面の彼に薄く笑う。
「まだ外が怖いのか?」
「怖いのではありません。嫌いなだけです」
「負けず嫌い」
 言って、そういえばこいつは負けず嫌いだったんだと思う。
 ずっとメロの目の上のたんこぶであり続けたニアは、メロと同じくらいの負けん気で、やはりずっと一番であり続けた。
 そして、彼は今、とても不機嫌だ。
 それは、NYのダウンタウン。スモッグの立ち込める空の、大変危険な場所に呼び出したせいもあるけれど。
「…、頼まれていたものです。本当に貴方は勝手な人ですよ」
「まあ、いいだろ。これでお前に会うのも最後だ。」
「…本当にあの頃からちっとも変わってない」
 それはこっちのセリフだと、メロは思ったが、心の中だけに押しとどめておく。
「悪いか」
「悪いです。」
「感情的で、周囲のことなんてお構いなしで、まったく…たいした男ですよ」
「手段は選ばないって決めてるんでな」
 ニアがごそっと懐から長さ10センチくらいの長方形の箱を取り出した。
 すっとメロの前に突き出して、メロは無言でそれを受け取る。
 ゆっくりとその箱を開き、中身を確認する。
「ああ、これだ」
 深いグリーンの箱の中に収められていたのは、金色の装飾の施してある、品のいい万年筆。
 メロはそれを手にとって、その形や細工を一通り確認してから、ポケットに仕舞い込んだ。
「サンキュー」
 唇を緩めて笑顔を向けると、やはりニアはむすっとしている。
「なんだよ」
「…なんでもありません。貴方にお礼を言われたのに驚いているだけです」
 ふいっと視線を逸らすニアに、メロは口許を覆い、小さく噴出した。
「そんなに拗ねんなよ。いつもいいように利用してきておいて、俺がお前を利用するのは嫌だってのは、それはちょっと都合が良すぎるんじゃねーのか?」
「…そんなんじゃありません。それに何を今初めて私を利用したみたいな言い方してるんですか。私も散々貴方にいいように利用されてきましたよ。それでどれだけ私の立場が悪くなったことか。」
 恨みがましくニアを言い捨てるのに、メロはやはりくくっと偲び笑った。
「それはまあ、お互い様だな。…さてと、それじゃあそろそろ行くか。お前も忙しいんだろ」
「ええ、それは、まあ」
 メロは体を預けていた壁から背中を浮かすとニアの前を一歩二歩と過ぎ去った。ニアの逸らされた静かな視線が、掬うようにメロに向けられる。
「ああ、最後にお前にいい事教えてやる。その性格直せよ。随分損してるぞ」
 背中を向けたまま、ニアに餞(ハナムケ)の言葉を添える。
「んじゃなあ」
「メロ」
 片手を振って歩きだした背中に、低い声が追いかけて来た。
「逃げるのですか」
「いや」
「では、やはり追いかけるのですね…」
「…分かったか」
 メロはぴたりと立ち止まり、深く息を吐いてやはり空を見上げた。
 スモッグに覆われた灰色の空は今にも泣き出しそうだ。
「分かりますよ。メロが私との競争を降りようというのです。理由はひとつしかない。」
「…サンキュー」
「やめて下さい。貴方らしくない。」
 知っていてくれているのだと思った。自分の、自分達の心を余すことなく。
それは、メロへの。ひいてはLへの手向(タム)けの言葉になる。それで、つい礼を言ったのだが、ニアにぴしゃりと言われて苦笑する。
「そうかな」
「そうです。私の知ってるメロは、何度も、何度も、どこにそんなエネルギーがあるのかと思うくらい真っ直ぐにぶつかって来て…、…本当に…なんて、貴方らしい…」
 静かに張った声が勢いを弱めて、掻き消える。
「ニア、楽しかったぜ」
「…本当に貴方らしく…ない」
 その言葉は裏返し。メロは弱弱しいニアの声にひっそりと笑った。
 本当にお前こそ。らしく、ない。
「出血大サービスだ。…しっかりやれよ、L」
「言われなくても分かってます。今度は貴方が追いかけていく番ですね」
「ああ、」
「あの方は寂しがりやなので、是非追いかけてあげてください」
「ライバルも減るしな?」
「…まったくもって、大ダメージですよ。Lもメロもいなくなるとは」
 メロはすっと目を細め、そして唇を持ちあげた。
「お前は最高の親友だった。」
「ええ、貴方は最大のライバルでした。」
「…さぁ、準備は整った。それじゃあな」
「…私は貴方がたを、本当に好ましく思っていました。尊敬しています。よろしく伝えて下さい。私は、私の道をゆきます」
「…頼む」



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2006.01.20up
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