あかい ふうせん ふわり と とんだ。

わたし は それに てを のばした。

「これが欲しかったんだろ?」


『たったひとつのためけに』



「あ」
 空は快晴。
 少しだけ遠い空は燦燦と背伸びしたくなるような光りを撒き散らしている。
 だから、だろうか。
 なんとなく外に出てみようと思った。
 一人でも良かったけれど、私が珍しく外に出てくると言うと、夜神月もついて来るというので、一緒に外に出る。夜神月的には、ある意味世間知らずな私のサポーターなのだと言っていた。
 どこに行きたい?と夜神月が聞いてくるので、「特に、何も」と私は答える。
 しかし、監視カメラのある所は事前に話してもいないので、入れる筈もない。私がそう答えると、夜神月は困った顔をして、それじゃあ街でもぶらぶらしてみる?と言う。
 樹木が均等な間隔で並んでいる並木道。
 少し人ごみに疲れたのでと言って、公園の遊歩道に避けて、私は発見する。
 ふわりふわりと風に流されながら、舞い上がる赤い風船。
「え?」
 初夏を思わせる緑の茂った木の枝が、気持ちのいい風にざわりと揺らめいた。
「ああ、風船か」
 すうっと青空に呑まれるのかと思ったが、ふわっと私の髪の毛を浚う程の風のお陰で、木の枝に引っ掛かった。
「・・・どうやら、あの子の風船のようですね。」
 空高く、青い青い空に吸い込まれて行くイメージを持った赤い風船は、今にも私のイメージ通りに手の届かない世界に消えて行きそうに、ふわふわと揺れている。
「みたいだな」
 赤い服を着た女の子が、母親のスカートの裾を掴みながらうっかり手放してしまった彼女の服の色と同じ色の風船を見上げて、哀しそうな顔をしていた。
「夜神くんは、木登りした事、あります?」
 それを見ていた私は思わず口走る。隣で少し驚いたような声をあげた夜神月は、続いて顔をしかめた。
「まさか、登ろうっていうんじゃ無いだろうな…?」
「いけませんか?」
 彼はれっきとした優等生。もしかしたら、木登りなんてした事は無いのかもしれない。
 しかし、少し咎めるような声音に、私は不機嫌そうに夜神月を見遣った。
「馬鹿いうなよ。何メートルあると思ってるんだ?それに公共の木だぞ?枝でも折ったら大変だろう…」
「でも、あの子は泣きそうなんです」
 言って、私はつかつかと赤い風船が引っ掛かっている木の下へ歩みよる。
 一陣の風が吹けば、きっとあの風船は飛ばされてしまうだろう。
 母親に慰められている小さな子供の視線は、二度目の喪失の予感に潤んでいる。
「ちょっと、流河!!」
「運動神経には自信があるんです。夜神くんは彼女のところに行って取ってきますと伝えてください」
「流河!」
 このような場所に存在する樹木に登ろうとする輩はいないだろうが、一応防止作なのか底辺にある枝は切除されていて、少し登り辛い。
 しかし、それをするのが私のような大人だとは思っていないからだろう。少しジャンプすれば、手が届きそうな位置。
 思いっきりジャンプして、太い枝に捕まる。
 捕まって、懸垂の要領でぐいっと体を持ち上げ、逆上がりのように体を枝に乗せた。その反動で引っ掛かりが外れてしまわないだろうかと少し心配したが、夜神月の声音を聞くにそれは無さそうで、私は安心して「じゃあ、行ってきます」と答える。
 彼はそれを見て、なんともいえない苦い表情をしてから、私を見上げた。
「風船なんてすぐそこに売ってるよ!買ってくればいいだろ!」
 次の枝に手をかけた私はきょとんと夜神月を見下ろした。
「行ってきます」
 笑っていう。
 体を次の枝にかけて、はらはらした思いで見上げたことがあるのを思い出す。
 丁度こんな感じの日だったのを、思い出す。



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2006.01.20up
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