彼はするりと心の隙間に寄り添ってくる。 『たったひとつのためだけに』 「どーしたんだ、L」 「メロ?」 事件を携えている合間。通常私は依頼を抱えている時は外出はしない。ましてやニアやメロがいる院に来る事は絶対といっていい程無い。 まだまだ駆けだしー…、Lとしての知名度の低さ、実績の低さの為にそれが解決するまでは外に出ないのが信条で、その上今回は思ったよりも時間が押してしまっている。外に出るべきではない。しかし、その原因が私では無く、捜査員の怠慢からくる、情報量の著しい不足の為であって、推理がはかどら無いのは私の所為では無い・・・と言いたい所ではあるが、上手く使えずにいるのはやはり私自身の責任だろう。外出などは殴られてもしたくなかったのだが、近いうちに会いにゆくという約束を守る為に信念を曲げて院出向いたのだった。 お気に入りの椅子の上に座っていた私に、メロが背後からにゅっと顔をだす。 「どうしたって、何ですか?」 片手に板チョコ。初めてそれをあげたのは私だけれど、メロはそれからやけに板チョコを気に入っていて、大概私がメロを見かける時にはそれを持っている。 パッキっとまた軽い音を立てて、メロは薄い板チョコの欠片を割る。 「何って。うかなげな顔してんじゃん」 「・・・・そうですか?」 指摘されて数度瞬きを繰り返す。 感情が窺えないとよく言われることがある。冷欠陥だの無慈悲だのといわれたこともある。なので、普段は感情を演じている事の方が多い。以前に感情を外に出さないと決めたのは、捜査に支障がでると思ったからなのだが、それはそれで難があったらしい。 しかし、感情に自分を見失って真実を損なうのは愚か者のする事だ。自分が本当に助けたかったり、情をかけたいと思うのならば、まずそれを捨ててちゃんと全てを見ることが肝要。だから、私は感情を殺すのを止められない。でも、それでも支障がでる。ならば、私は演じるしかない。多少変わっていても良き相談役…−という仮面をつけ、演じることを。 よって、そんな事を言われるとは露とも思わず、不思議そうに見返す私にメロは笑う。 「Lって結構顔に出るよ」 メロがちらりと笑う。 「本当に嬉しいのとか、楽しいのとか、腹がたってんのとか、結構顔に出てンな。Lはそう思ってないみたいだけど。あ、チョコ食う?」 ストレスにいいよ。ま、Lはいつも食べてるけどね。 そう言ってひょいっと齧りかけのチョコレートを私の口元に翳すメロを前に、私の目は一層大きく見開かれる。 メロは笑っている。悪戯っこの笑みで、にこやかに。 「ちょっと苦いよ」 私が潔癖症な感がある事は、きっとメロには判っていると思う。ニアもメロも聡い子だから、私が完璧に隠そうとしていないモノならば、大抵少しの感情の違いで気付く。 嫌悪感というのは、普段の感情より少し大きいもので、接触などに感じる嫌悪くらいなら全く気付かせる事は無いけれど、誰かの口移しなど、私があまり隠そうともしないものは(というか、それを求めて来る者もいないという現状の方が先立つが)知っているものと思ったのだが。 では、これは悪戯か?悪戯だとしたら、趣味が悪い。 しかし、メロは嫌っている相手ならともかく、『どうかしたのか?』と自ら聞くような相手にそんな事はしない。これは。純粋に。 「いらない?」 私が食べるものだと信じている。そんな感情。 この頃の年の子がする瞳では無い、柔らかい視線を向けられて、私は少し怯んだ。 「いえー・・・」 怯んだ自分になんだか腹が立って、それから面白いと感じた。 一度、言葉を区切って、メロに笑顔を向ける。 「いただきます」 薄く唇を開くと、薄い固体を口の中に含む。 区切りのついている薄い場所に歯を当て、メロがいつもそうしているみたいにパキッと音を立てて折った。 舌と唇の温度で、それはみるみる間に溶けて行く。 「美味いだろ?ちょっと苦いけど」 「・・・ええ。甘いです」 とろりとそれは舌の上を滑る。ちょっとした苦さは嫌悪感など微塵も感じさせず、ただほろ苦さの内に存在する甘さだけを強調する。 「良かった。んじゃ、行くか」 「は?」 「ははっ!今のLの顔、他のヤツにも見せてやりたかったね。結構マヌケな顔してたぞ?そりゃもう、世界びっくり珍獣展にでも飾れそうなくらい!」 「なんですか、それは。私、珍獣ですか?失礼な子ですね・・・」 「そんなに不貞腐れなくてもいいじゃんか。オレ、笑いが止まんなくなるから!Lってやっぱ超負けず嫌いなの!」 ケタケタ笑い、メロがぽんっと椅子から離れる。 半眼でそれを追う私にメロは金色の髪を勢いよく揺らして振り返った。 「ほら」 小さい手、だと思う。 子供特有の温かくて、柔らかくて、守ってあげなければならないと思わせる、てのひら。 それが、その時はいつもよりも力強く感じて、私は手を伸ばした。 next ………………………… 2006.01.20up [0]back [3]next |