そして、私はあの日のようなシチュエーションの場面に遭遇している。 しなる枝の下で親子も夜神月もハラハラして見ているのだろうなと想像すると、不謹慎ながら少し笑ってしまった。登っている方としては悲しい顔を護るためならば、怖いだなんてちっとも思わないものなんだな、と思う。 まあ、彼がキラならば是非とも私が落ちて欲しいと思っているのかもしれない…いや、彼がキラならば、落ちて欲しいどころのでは済まないのだろうけど。 しかし、メロを叱った以上、私がここから落っこちるわけにはいない。 今は遠い空の下で私を想っていてくれているだろう彼が、「オレの怒られ損じゃん!」と怒らないようにと思い、やはり偲(シノ)び笑う。 そして、私はやっとそこに辿りついた。 風船は微かに枝に引っかかっているだけだ。私は慎重に体を移動させる。 (お願いですから、そのままでいてくださいね) 風船や、枝や、風に祈り、私はそっと手を伸ばす。 ゆっくりと私はその赤に魅せられる。 赤く、丸く、強くて、でも柔らかそうな、そんなカタチ。 今にも消えてしまいそうな、そんなカタチ。 指が風船の糸に引っ掛かったと思った瞬間だった。 数年前と同じイジワルな風が、私の手から、再びそれを奪おうと吹き付ける。 どうも私とコレは相性が悪いようだ。 思わず眉間に力が入る。 脳裏に甦る女の子の悲しそうな顔。 委細構わず、私は思いっきり手を伸ばした――。 メロ! 「竜崎!!!」 夜神月の声が聞こえた。 大気や、木の葉や枝と摩擦しながら、気がつけば一番下の枝に引っ掛かっていた。 「…風船は無事のようです」 全く、とホテルに帰った私は夜神月を始め、彼の父親や相沢、果ては松田にまでこってりと怒られた。 殆ど奇跡だよ、と夜神月が冷たい目でジロリと睨んで言った。 彼にとっては複雑な気分なのでは無いかと思いながら、私は好物のイチゴショートを口に運ぶ。 甘さが口に広がる。少しだけ口の中を切ったので、ピリリと咥内が痛む。それでなんだか、イチゴがほのかに苦く感じたが、脳裏に小さな女の子の驚いて、それでも嬉くて堪らないと言った顔が浮かんだ。それで、とても幸せに感じる。 ただ、こんな所で万一のことがあったら、彼に合わせる顔が無いが。 私はそして、誰もいなくなったホテルの一室で椅子の上でまるまり、目を閉じた。 きっと彼は今日の私の所業を見て、可愛い顔に渋面を作って怒るのだろう。 それが少し可哀想で、でもなんだか可愛くて、口許が思わず緩んでしまう。 口の中の甘さと、苦さで、私は彼のキスを思いだした。 next ………………………… 2006.01.20up [0]back [3]next |