少し苦い味に、
 夢の中で、彼の盛大な告白を、再びなぞる。
 私の事を好きだと言った彼は、日本に出立すると語った私を、きつく詰った。


『たったひとつのためだけに』



 風が靡く。
突風が強く肌に触れる風は、まるでこれから起こりうる辛さを告げているように感じた。
 キラ事件の為に日本に渡ると言った私に、ニアとメロは揃って渋い顔をした。こういう時は普段無機質な表情ばかりをする、私に似たニアも、感情を表したりすることがある。
「今度は長期戦になりそうな予感がします。腰の重いICPOもやっと動いたので、そろそろ行こうと思ってます。ちょっとやそっとでは帰れそうにもありません。ですから、また貴方たちに会えるのはいつのことになるかは分かりませんが、体には気をつけるのですよ」
 院の子供達にも簡単な別れは告げた。そしてニアとメロは贔屓かもしれないが、特別に。
「…Lは心配性です。私たちは、大丈夫です」
 別れの言葉を告げる私に、ニアが唇を噛んで下を向く。
 もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれない。そんな思いが今回の事件では大きすぎたのだ。
「私たちのことよりも、Lの方こそお気をつけて…」
 悲しそうな顔で告げるニアに、私は笑って必ずキラの首を取って戻ってきます、とニアの頭を撫でた。
「メロ」
 今日、別れを告げに来た私に、メロは一度も視線を合わせようとはしない。
「…メロ」
 ゆっくりと声をかける私に、メロはそれでも頑なに下を向いたまま顔をあげない。
 ニアはそれを私よりも少し後に立って静かにみつめていた。
「…っ!」
 ばっとメロが飛び出す。
「メロ!!」
 それを追いかけようと走りだしかけた私がニアを振り返ると、彼はほんの少しだけ苦く笑って言う。
「メロは感情的過ぎますね。…追いかけてあげて下さい。私がロジャーには説明しておきますから」
「お願いしますっ」
 頷いてから、私は走り出す。今度は振り返ることなく。メロだけを追って。

「メロ、待って下さい!」
 コンパスが違う。私はしばらくして追いつき、彼の腕を掴んだ。
「メロ!」
 足を止めたメロは、それでも此方を振り返ったりはしない。
「…なんで」
 それでもやっと吐き出された、ぽつりとした呟きを聞きとめて、私は少し安堵した。
「…なんで、Lが行かなきゃなんないんだよ…」
「メロ」
「それがっ、それが『L』だってのは解ってんだ!解ってるけどっ!行って欲しくない!行って欲しくない!!俺も一緒に行きたいっ…」
「…」
 体を半分折り曲げて、両足を踏みしめて、メロが訴える。
 私はそれを聞いて切ない気分になった。
「…メロは私が勝つとは思えませんか?」
「…」
「私は貴方がたのLですよ?ちょっとやそっとじゃ負けたりしません。それに、全警察を動かせるくらいにも、なりました。大丈夫ですよ」
「…」
「名前だって隠してますし、顔だってちょっとやそっとじゃ曝け出したりしません。どうやって殺すのかは知りませんが、大方の必要なものは分かってます。大丈夫です、私は死にません。絶対貴方がたの元に帰ってくると約束します。信じてくれませんか?」
 私は微笑んで、彼の頭を撫でようとする。それを感じたのか、メロがばっと振り返って私の手を払う。
「アンタ卑怯だっ!Lは、卑怯だよ!!そんな子供騙しのような言葉並べて、オレが納得するとでも思ってるのか!?安心できると思ってんの?!」
 薄暗く迫る闇夜の僅かな星のように、輝ける金髪を振り乱してメロが叫ぶ。その目尻に光る涙に気づいて、私の胸はきゅぅっと締め付けられた。
「直接人の死に手を下せるキラ相手に、『絶対』なんて間違ったって無いんだ!それにLはギリギリまで踏み込んで、キラを暴こうとするんだろ?顔を出さない、声すら分からない、存在すら不透明だといわれて、その実一番危険な場所にいるのに、それも理解されずに、理解をしようとも思わないやつらの為にその命を削るんだろ!?」
「…メロ。それにニアが理解してくれているでしょう?それに、そんな不確定な人たちのためだけではありません。貴方たちや、院の子。愛しい貴方や最終的には私自身の自己防衛にもなりえます」
「L、犯罪なんてして無いじゃないか。」
「そうなんですけどね。今がどうあれ、未来は分かったものではありません。神を気取り、犯罪者を裁いているのは紛れもなく人間です。どこでどう道を見失ってもおかしくはない。それに、犯罪者だからと言って、無情に裁かれる謂れは無い」
「オレは。オレはLのいう通りだと思うけど、それでもキラの言い分も解るんだ」
「…そうですね。私にも、解ります。でも、貴方なら、しないでしょう?」
「するよ」
 メロは口許に小さな笑みを作って、その年齢には相応しくない表情で私の顔を覗く。
「するよ。Lが不当な目にあったりしたら、絶対。どんな手を使っても構わない。Lを泣かせることはしたくないけど、絶対、する。我慢出来ずに発狂したくは、無いんだ」
「…」
「もう、忘れたかもしれないけど、覚えてる?まだLが駆け出しで、オレと一緒に赤い風船を取りに行った時の事」
「…忘れたり出来ません」
 そう応えると、メロは少しだけ嬉しそうな顔をした。
 心の中をジクジクと何かが蝕んでゆくのを感じる。
「ずっと変わってない。ずっとだ。」
「…」
「あれから、言う機会も無かったし、Lが困ると思ったから言わなかったけど、オレはLが好きだ。好きだ、誰よりも、何よりも、大事だ。あの、まるくて、赤い、Lの風船みたいに特別なんだ」
 私はそれに瞠目して、メロを見る。
「赤くて、とても強そうで。でも不安定に飛んでしまったり、割れてしまいそうなLが、どうしようも無く好きなんだ。ロジャーにも、ワタリにも、他の院の子にも、ニアにもこれだけは絶対負けない。誰よりも強く、Lがすきだ」
 メロはいつも、いつも。するりと心の隙間に入ってくる。私の中の柔らかい部分をそっと撫でて、強く揺さぶる。子供だなんて侮っているときっと痛い目にあう。侮ったことなんて一度も無いのだけれど。
「離したく、無い。目の届くところにいて欲しいのに、オレはまだガキだから、Lを包む両腕を持ってない。赤いLを掴んで安心させてやれないんだ…」
 ジワジワ、ジワジワとそれは私を蝕んでゆく。
 切なくて、悲しくて、そして、それ以上に強い感情に、私は目頭を熱くさせずにはいられない。
 ともすれば、泣きだしてしまいそうになりながら、私は口を開いた。
「…どうして、そんなに?どうしてそんなに私なんかの事を、好きでいてくれるんですか?」



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2006.01.20up
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