パン!と乾いた銃声の音が聞こえた。
 火口の乗った車が道路上をまるでワルツを踊っているかのようにくるくると回り、まもなく停車した。
 一瞬、ああこれで終わるんだ、と思った。


『たったひとつのためだけに』



 時間の許す限り、事情の許す限り、私はメロの傍にいた。
 今から本格的に追うのはキラ事件であるからして、メロや院の子達を巻き込むように会うなんて事は個人としても、またLとしても出来なかった。
 もう既に私の中でかけがえの無い愛しい人にまで、気持ちは成長していたけれど、時折会って、二人で少し話す程度。
 メロだけを私の住まうホテルになんて連れていける筈も無い。
 もとより時間は少なかったので、そうこうしている内に出立の日にちが来てしまった。
「L、プレゼント」
 こっそりと日本に入る為に自家用の飛行場へやって来た私の所にメロがやって来た。
 目を丸くして驚く私に、メロは皆の代表だ、と言って、私にチョコレートやら、キャンディーやら、ほんの子供のお小遣いの、それでも気持ちの沢山詰まったプレゼントを受け取った。
「これからも、頑張っていけるように、皆から」
 メロは出立を告げた時のような、辛そうな表情はもう微塵も向けず、ただ柔らかに、皆の気持ちを受け渡す。
「…有難うございます」
 私はそれを受け取って、自分は何て恵まれているのだろう、と思った。
 もし、キラが正義だったとしたら。私に沢山の愛情をむけてくれた皆の命の一つ、二つが失われていたかも、しれない。
 キラの正義はきっと増長してゆくだろう。人間だから、間違いも犯すだろう。
 警察とて、私とて、それは同じことだけど、終わりは何も残さない。
 終わりが必要なこともある。
 例えば未然に防げる悪事なら、終わらせてしまった方がいいに決まっている。
 私がキラが日本の、それも関東にいると思った一件についても、そうだ。
 もし、キラが裁いてなかったとしたら?
 もし、園児に犠牲が出ていたとしたら?
 およそ、人の命を天秤にかけられるものでは無いとしても、きっと誰だって園児の命をとるだろう。私とて、そう思うだろう。
「それから、これはオレから」
 言って、メロが一本の万年筆を差し出した。
 小さくリボンが巻いてあるそれは、質素ないでたちだったけれども、彼の精一杯の愛情を感じさせてくれた。
「…これは」
「昔、約束した万年筆には遠く及ばないけどさ。いつ終わるか分からない、何年かかるか分からない、それだけの時間、傍にいられないオレがLにあげられるものって言ったら、それくらいしか思いつかなくて…。ちょっと感じが似てるだろ…?凄く欲しそうだったから…。代わりのもので悪いけど…」
 メロが困ったような顔で私の指にそれを預けた。
 私はそれを手にして、泣いてしまうかと思った。
 嗚咽を漏らして、膝を折って。止まらなくなるかと思った。
(同じです…)

 私には大切にしていたものがみっつある。
 赤い風船。暖かい体温。誰に貰ったか知らない万年筆。
 それを手にしたのは物凄く昔の話で、私がワイミーズハウスになる前の、ワタリの経営する孤児院にいた時には既に手にしていたもの。
 あれらがあったから今の私が存在するのだ。
 メロが私に言った言葉通りに、私にはあれらがどうしても必要だった。
 ぽっかりした心の内を満たしてくれる、三種の神器。
 総て、今度はメロが与えてくれた。
 全部失くして、与えられたひとつ・ふたつ・みっつの確かな鼓動。
 総て、メロが与えてくれた。
 全部、全部。
 赤い風船と、暖かな体温と。二つは常に一緒にあるものでは無かったけれど、私が大切にしていた万年筆は、体温こそはもたらさなかったが、それでも私に希望と暖かになる心とを与え続けていてくれたのだ。
 私が不慮の事故で命を落としそうになった時に、その身代わりをして失ってしまったのだが、それを再びメロが与えてくれる。
 残骸ひとつ手に戻らず、諦めきれず、似たような万年筆を見つけるたびに、やはり赤い風船同様に、手にとってしまうのと変わらずに。
 だけど、似たようなものでも、例え同じ形のものでも、やはりそれは私の持っていたものと違っていた。
 ただの無機質なのだ。
 感傷でしか無いのかもしれないが、同じものなのに、違うものとしか思えないのだ。
 あれには魂があった。
 長年つかっていたものには九十九(ツクモ)の神が宿ると言うが、いうなればそんな感じで。
(同じだ…)
 そして同じものを、
 形は違えど、私の心を暖かくしてくれる、満たしてくれるそれを、メロは私に預けてくれる。
「オレの代わりに傍にあるように」
 陳腐かもしれないけど、とメロは頬を掻いて笑う。
「Lは寂しがりやだから」
 私は涙を堪えるために、自分よりも小さなその体を、きつく抱きとめた。



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2006.01.20up
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