それは悲しみの象徴。
 それは寂しさの象徴。
 でも、何故だか切なくて、とても、愛おしい。
 ほっと灯りをともすような暖かさを私にもたらす。


『たったひとつのためだけに』



「それで、レムさん。取引について何か話すことは?」
 火口が捕まり、そして死んだ三日後、やはり私は死神を尋問しつつ、焦りを感じていた。
 これでは私の方が監視されているようだと。
 そして、手掛かりはつかめたものの、これはどう見ても私に都合のよくない展開。
 沢山の策が頭を駆け巡る、常に死を隣には感じていたが、ノートが複数ある以上危険性は今までよりも更に高いと本能が告げている。
 特に顔を見られている弥を外に出しているという事が一番危険だ。彼女はかつて一度は眼を持っていた筈だ。それに死神などという非現実的な存在。今、レム以外に私の背後に死神がいたとしても気づけない、そんな類の危険性も孕んでいる。
四面楚歌とはこう言ったことだ。捜査員はもはや私の敵と言っても過言ではない。私を縛る見えない鎖だ。ここには味方はいない。いや、ワタリは常に私の味方だが、ここにいるわけでは無い、傍にいない。
 どちらにせよ、私は独りなのだ。独りという個なのだ。何者にも代替することの出来ない、ただひとり。
 だから、自分の力で糸口を探しださねばなるまい。必ず、絶対に。
 力強く決意をし直し、奥歯を噛み締める。再びレムに問いかけようとして顔をあげて、私はばっと立ち上がった。
「すみません!」
 椅子を蹴るようにして飛び降り、素足で窓まで走り寄る。
 べたっと窓に張り付いて、飛んでゆくそれを見つける。
 何の縁か、折り目折り目に私はそれと遭遇する。
「あ」
 上空の遥か彼方へと消えて言ったそれに私は小さく声を上げる。
「風船か?」
 死神はにゅっと壁面から体を乗り出して彼方へと消えていったそれを見送った。
「…はい」
「取って来てやろうか?」
「え?…いえ、いいです」
「そうか」
「はい」
 答えて戻りましょう、と私は元いたソファへと戻り、座る。
「何かあったのか?」
 夜神月が、椅子を回転させてキーボードを操る手を止め聞いてくるのに、「いいえ。」と答える。
「ただ、風船が見えたので」
「ああ、そういえば、この間も無茶をしてたな」
「…」
「今度はそんな無茶をしないでくれよ?…何か特別な思い入れでもあるのか?」
「いえ、少し子供時代に…それにもう皆さんに叱られるのは懲りましたから、大丈夫ですよ。」
 白々しい。
 喉まで出掛かって、飲み込み、薄い笑みをはいて告げる。
「そう、ならいいんだ」
 私が不審な動きをしてないかだけの確認だろう。彼はそう言って再びキーボードを操りだした。
 脳裏に遠く遠く消えて行った赤い風船はいつまでも焼きついていた。



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2006.01.20up
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