ひとつ、それは呼ばれて初めてその場所に辿りつけるのだと、いうこと。
ひとつ、それは終われば、泡のように消えてしまうのだと、いうこと。


ひとつ それは どう足掻いても 変えられない 事実であると いうこと。


『たったひとつのためだけに』



 赤い風船を買って貰った。
 ふわふわと揺れるそれは、とても面白いもので、私が感じる事も無い風にも体を預けるようにゆらゆらと彷徨い揺れる。それを私は飽く事もなくじっと見つめていた。
 それはとても楽しくて、心の浮き立つ存在だった。軽くて空に浮かぶのは何ともいえない幸福感を与えてくれる。
 それに気をとられていた私は、ここで待つように、と言い含められ、コクリと頷いた。少しも気づこうとはしなかった。否、気づきたくなかっただけなのかもしれない。
 これを食べていいこにしててね、と言われて、甘いお菓子と赤い風船を持った私は、まだ朝の気温の上がらない道端にちょこんと座って待つ。
 お昼になって、甘いお菓子を食べ、3時が過ぎても赤い風船を眺めて楽しんだ。
 オレンジ色の夕日が赤い風船を照らす頃になると、それはより一層炎のように赤く見えた。とても、綺麗だった。
 そして太陽が町並みに沈むのを、ぎりぎりまで見届け、私は手を開いた。

 見守ってる内に追いかけるのがいいよ。
 明るい内に辿り着くのがいいよ。
 太陽みたいに真っ赤で、朝日のようにキラキラした世界の方が赤い風船は似合ってるよ。
 これから、真っ暗になってしまうもの。そしたら、いくら真っ赤で幸せな色も分からなくなってしまうから。
 これから真っ暗になってしまったら、そしたら、ふわふわした風船は隣にあるかどうかも分からなくなるから。そしたら私は一人だから。
 そしたら、真っ赤な太陽を追って行った方がいい。そっちの方が幸せだ。
 甘いものはなくなった。お母さんはいってしまった。だったら君も行ったほうがいい。
 夜になって、私も君も互いに独りになるくらいなら、行ってしまった方がいい。
 赤色はしあわせの色だから。
 だから。

 ふわふわとそれは太陽の光を追いかけるかのように遠く遠くへ消えてゆく。
 追いつけるわけなんか無いのに、でも、それでも明かりの中に溶けていけるなら、その方がいいと思ったのだ。
(―追いつけるかな?)
(―アレはそれできっと幸せだ)
(―自由に飛んでいけて、良かったんだ)
 風船が、自身の色をも溶かして消えていくのを見つめながら、一言、一言、自分に言い含めていく。
(―追いつけるね)
(―幸せだよね)
(―幸せだね?)
(―わたしも。)
(―つれて行って欲しかったよ―)
(―傍にいて欲しかったよ―)
(おねがい)
(おねがい)
(寒いのも)
(痛いのも)
(辛いのも)
(我慢するから)
(ひとりはいやだ)
(ひとりはいや)
(寂しいのはいや)
(それだけは、
 それだけはー)

 ―独りでも平気だなんて、本当は思わなかった―

「いかないで」



「いかないで」


「独りにしないで―」


「―もう独りなのに―」



 寂しい、寂しい、寂しい。
 悲しい、悲しい、悲しい。
 どうして置いて行ったりしたの。
 どうして残して行ったりしたの。
 どうして夢みさせたりしたの。
 あんなもの欲しくなかったよ。
 でも、けれど、それでも。

 嬉しかった。
 甘いお菓子も、あの赤い風船も。
 嬉しかった、だから。
 せめて傍にいて欲しかった。
 手なんか離したくなかった。
 聞き分けよく独りになんかなりたく無かったよ―――。



赤い赤い風船が飛んでゆく。
何度も何度も私の視界から消えていく。
 離れてゆく。
  独りになる。

 胸がからっぽだと思った。
 ひゅーひゅーと風が吹いて、風穴は景色を映す。
 私はすでに無いもの。
 もう、いらないもの。
 いらないと言われたもの。
 ねえ、いらないの?
 もう、いらないの?
 一緒にいてはくれないの?

赤い風船は、空へと綺麗に吸い込まれた。

 さよなら、
 さよなら。
 さようなら。。。



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2006.01.20up
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