「       」


『たったひとつのためだけに』



「っ!!」
 ばっと目を覚まして、私は呆然と天井を凝視した。
 赤い風船など一つも浮かんでいない。
 無機質な白いだけの天井が視界を満たしている。
「…なんて懐かしい夢」
 あれからワタリに拾われて、私はLにまでのぼりつめたのだ。
 格別登りつめたいとも思わなかったが、恩を返せるならそれで良かった。
 しかし、その為に手放したものは多かったのかもしれない。
 私はゆっくりと天井に向かって手を伸ばした。
 手放したものは多かったかもしれないが、得るものだって沢山あったはずだ。
 何も無い空間に手を伸ばして、ぎゅっと握りこむ。
「メロ」
 そっと呟いた。
 彼だけに話した、赤い風船の秘密。
 私の心の中の一番柔らかいところの話。
 ワタリに拾われた時には喪失感は全くなくなっていたが、今もあの手を離した瞬間の切なさだけは忘れられない。
「メロ、私こそ早く大人になりたいんです」
 もう、手を離さないでいいように。
 高々とあげた手を緩慢な動作で胸へと引き下ろす。瞼を堅く瞑り、意識を強く持つ。
 二度と離さない為には、彼の元に戻るには、事件を終わらせないといけない。
「…終わらせ、ます」
 深く祈り、少しばかり重い躰を起き上がらせた。
 ふとベットサイドにあるメモ帳に目が止まった。
 大事に仕舞ってあった、勇気の出る、彼に貰った万年筆を手に取り、乱暴にそこに書き込む。
 決意の代わりに、折れないように気をつけながら尻のポケットに仕舞いこんで、立ち上がる。
「レムさん、いますか」



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2006.01.20up
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