触れる手が とても 優しい。 【悪魔の条件】 はっはっ…とせわしない息遣いが部屋にこだまする。 エルは直ちにぬるくなった水を換え戻って来た。 「…」 ベッドには、メロが寝転がっている。額に浮かぶ玉のような汗を拭い、水同様に温くなってしまった布を冷やして、また額に乗せる。 どうやら風邪というワケでは無いらしい。 (…原因が分から無いと不安ですよ…) 対処の仕方だって分から無いじゃないか。 高熱を出して苦しんでいる姿なぞ、見たくないし、早く治って欲しいと思うから、医者を呼ぼうとしたが、メロに強く止められた。 (『直ぐに治る』なんて言われても…) 体を丸めて、熱にうなされている人を前にして、何も出来ないなんて、ある意味拷問に等しい。 (…風邪じゃ無いのなら、何が原因なんでしょうか…) メロは部屋に連れて来る際に胃の腑辺りに手を充てていた。その辺に原因はあるのだろうとは思うのだが。 「…いま、何時だ…?」 「気がつき、ましたか?今は夜中の四時です」 「…そうか…。…お前、寝て無いのか…って、オレがベッド占領してりゃ、無理だよな」 熱で掠れた声が、小さく苦笑した。 「…あまり喋らないで。それに気にしないで下さい。熱がまた上がってしまいます」 「いや、もう大丈夫だ。後は下がる一方だろ。…放っておいていいから、お前寝ろよ」 むくりと起き上がろうとするメロを、慌ててエルは制止した。 「無理です!駄目です!信じられません!」 「何が…」 「アナタのしようとする行為そのものが、です!」 エルは噛みつくように声を上げると、メロをベッドに押さえつける。 「それはご自分の体ですから、快癒して行くのが分かるのかもしれませんが?今まで高熱出して、今だってまだ下がったって言えないんです!…ほら、こんなに熱いじゃ無いですか!予断は許されませんっ」 病人にそんな風に力を入れてはいけないとは分かっていても、エルは止められず、メロの肩に置く手に力を込める。 「そんなアナタにベッドを譲れなんて言いませんし、言いたくも無いですし、むしろお願いしますから動かないで欲しいと…言いたいんです。そして、メロが苦しんでいるのを知っていて、寝ろ、だなんて、何の拷問ですか…」 「………」 「平たく言えば心配なんです、言う事聞いて下さい。」 真剣に迫ると、メロは呆れた様子でエルを眺めてから、吹き出した。 「なんだよ、それ!」 ハハハ!と遠慮せず笑い声を上げるのに、確かに峠は越えたのかと思う。 「…何が可笑しいんですか」 「いや、何でもねぇ…っ!」 「ほら!大丈夫ですか?!」 腹を抱えて笑うメロを恨めしく睨んでいたら、メロが身を屈めたので、少し青くなる。 「…大丈夫。笑い過ぎた…」 「…やはりお医者さま…」 「いらねー、それよりベタベタする」 「…あ、そうですよね。私のものでも大きめのものならば、ぎりぎり入るでしょう。持って来ますから着替えて下さい」 エルは言ってメロから離れる。乾いたタオルを渡して戸口まで移動する。 「まずはそれで汗を拭って下さい。まだ入浴する体力は無いでしょうから、熱くしたタオルも持ってきます。それで我慢、して下さい」 メロに指示してから、ふっと壁の向こうに消えかけて、エルはぴたりと立ち止まって、扉の隙間からひょいと顔を覗かせた。 「それから。…今度服、買いに行きましょうね」 笑ってエルは部屋から出て行った。 メロはその後ろ姿を眺めて、溜め息をついた。 触れられた手は、酷く優しい。 悪魔とはかけ離れた生き物だと思った。 Next second stage ………………………… …ひとこと。… エルは冷えピタなる文明の利器は知りません。 2006.02.10水野やおき update2006.08.16 …………………… [0]TOP-Mobile- |