「たまには、スカートでも履けば?」

【悪魔の条件】


では、出かけましょうか、と言った午前10時だった。
待ち合わせた駅でエルを見つけたメロが眉をあげてそう言った。
Tシャツとジーンズ。およそ財閥の子息らしくない格好だが、本家の目と、学友の目を眩ませるにはいい手ではないかとエルは思う。
毎日張っているのではない本家の監視だからこそ、こういった格好で目くらましが出来るのだが、目立つメロと一緒にマンションを出るのは危険極まりないところで、こうして待ち合わせをする結果となったのだ。
家の周辺だけをクリアすれば、本家の監視もそう厳しいものではない。
その家の周辺だけでも、顕著な財界人辺りしか住んでいないので監視は甘いのだが、用心にこしたことはない。
(まあ、可能な限り人形のように従順にしてましたからね…)
エルは一度も本家に逆らった事が無い。だからこその信頼というか、ただ単に侮られているだけか、どちらにせよ、相手はエルをそう疑ってもない。
もしも、多少の我が侭を上げるなら手に入れ難い蔵書を頼むくらいのみだ。それも、竜崎家の跡取りとしての息子を演じる役柄を思えば、本家はエルが本家に捨てられないように尽くしているようにしか見えない。
(でも、油断はなりませんからね)
そうして、待ち合わせた駅のロータリーでメロが言った言葉に、エルはしばし言葉を失った。
知らないという事は恐ろしいものだと、痛感する。
そういわれてみれば、メロはエルが男性用の制服を着て出て行くのに何も言わなかった。
メロはエルが女だという事を知っている。それはエルも認知している。
だからこそ、メロはそれを知った上で、エルが男物の制服を着ている事に何も言わなかったのだと思ったのだ。エルは何か事情があっての事だろうと認識して言わないのだと。
あれだけ高級な億ションに住み、一人暮らし。普通、何か事情がある事に気付くだろう。敢えてそれに触れてこないのだと思っていたのだが。
(ああ、そういえば、メロはバスも知らなかった…)
メロの独特の品のあるオーラといい、どこかいいとこの子息だと思っていたので、制服ぐらい知っているだろうと思ったのだ。どこからどう見ても、メロの国籍は日本ではない。しかし流暢に日本語を操り、口調は悪いけれど、物知らずなメロを見て、格式高い学校に通っていたのだろうと推測をたてていた。
(ならば学校の制服の規定があるはずで…。学校の制服制度を知らないはずがありません。男性はズボン、女性はスカート…。…でもそんな事さえ知らないのなら辻褄はあいます…)
つまり、メロはエルが男装をしている事を知らなかったのだ。
だから、道端でエルに抱きついて来たりする。
普通、男が男を抱きしめる場面など、そうない。
まあ、あの時のメロの行為はエルが男だからとか女だからとか関係ないように思えたが…。
「おい、エル?」
これはどうやって伝えるべきかな、と思案していると、訝しく思ったらしいメロがエルの名前を呼ぶ。
「ああ…ええと。」
ほんの少しだけ、間が差した。
メロはエルが男として暮らしている事を知らない。
出会い方が出会い方だったので、エルは自分を飾らないままでメロと接してきている。
メロの目的は母親探し。いいところの子息だったとしても、今は勘当された身で、メロのほうもどうやら訳アリだ。表舞台で会うことなど無いだろう。
いつかのバス事件で竜崎家の者だと知れてしまったが、メロはそこの所に無頓着だし、跡取りなどと知りもしないだろう。
だったら、ほんの少しだけ。
エルがエルとして。
(もしかしたら、私が私である、本当の時を、少しだけ夢見させてくれるのではないでしょうか…)
別に今更、女としての身の上などに憧れてなどいない。男として生きるほうがエルには性にあっていると思うし、息子として育てられなくても、好みはそう変わらないだろう。
けれど、あるがまま。
少しだけ世間の目も、本家の目も気にせずに。あるがまま。
振舞ってみても、いいのではないだろうか。
それにかえって女の子の格好をした方が、本家も、学友も気付かない、いい変装になるかもしれない。
「…ええと、そうですね…。では、メロの服を買う前に、少しだけ付き合ってもらえますか?」
だから、エルはそう言った。


Next second stage


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…ひとこと。…
早く、早くエルたんに服を!(←これじゃスッパに聞こえるよ)
2006.06.20
update2006.12.06




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