朝起きて、空気を感じる。
 それだけで、とても。


【残酷ピエロは3度啼く】


 まだ人数が揃わないという事で、捜査は進めることは無い。
 たった1日・2日のことならば、そうする事で輪をみだしなくないという思いが強かったのだろう。
 それで月はイギリス在住の捜査員が市内を案内してくれるというのを断って、朝食を取り、ホテルを出た。
 すうっと冷たい風がコートの隙間から忍び寄った。
 イングランド南部でさえ、10月も半ばに差しかかるとコートと手袋が必要になる。これがスコットランドになるともっと冷えこむらしいから、南部で良かったと思った。
 日本との時間差が9時間。飛行機でも眠る事をしなかったお陰で全くと言っていい程時差ぼけは感じられない。
 ホテルの周辺にあるマーケットに足を向けようと思ったが、何故かリュークが朝からいない。
 アイツは何をやってるんだ、と思いつつも、いないならいないで別段困ることは無い。死神はノートを持つ人間に憑かなければならないというけど、その辺だって曖昧なものだ。
 何せリュークが現れたのは月がノートを拾ってから数日。
 別にべったりくっついていなければならない、というもので無いのならば、たまにはこういう自由だって味わいたいもの。リュークも捜査も無いただの日常を、たまには。きっとリュークだって、面白いもがあるかもしれないと、一人(?)で観光でもしているのだろうと、月は久々に一人で街を歩く。
 ロンドンなら近場に何でも揃っている。
 Lのいる場所は都市部からは離れているから、ここで買っていったほうが無難だろうと月は店頭を眺めてゆく。また早くに行って、霧に遭遇するのはご免だ。
 そうして、今日になるまでに何にしようかと迷ったものの、結局は無難に菓子を買っていく事にする。『秘密なので、このままで』とLは言ったが、どう考えても今日のメンテナンス代くらいでは割にあわないだろう。しかし、全く彼の意思を無視するのも気がひけるので、口実程度に気持ちだけ。その分高級菓子にすればこっちも少しは気が晴れる。
 まあ、それでも到底追いつかない値段ではあるけれど。
 しかし、Lが甘いものが嫌いだったら何の意味も無いのだと思いはしたが、そのまま無難にデパートの菓子売り場で適当にチョイスして、コッツウェルズ外れに向かう。
 時間にして11時過ぎ。
 もう昼にもなるのに、何故かまた霧が出ていて、月は閉口する。
 ここはいつもこんなに霧だらけなのか?
 思ってそんなワケは無いだろう、と自分のタイミングの悪さに舌打ちしたくなる。
 何の条件が重なったのかは知らないが、迷惑なものだ。
 月は覚えた道を霧の中、進む。
 小さい水滴は体中に貼りついていて、あまり気持ちのいいものではない。しかもこれだけ寒ければ尚更だ。月は視界の悪さに目を細めながら迷いなく歩く。
(確か、この辺だ)
 薄ぼんやりと建物は見えるから見落としも無いとは思うけれど、一応どれだけ歩いたのかを確認するように視線を配っていると、一瞬濃い霧に包まれる。思わず立ち止まって、逡巡したと同時に呆気なく視界はひらけて行った。
 霧のロンドンー…とはよく言うが、ここはロンドンじゃないじゃないか。月は溜息を吐きながら、やっと見覚えのある看板を発見して足早に歩いて行った。

 チリン。
 ドアベルが鳴って、扉が開く。
「こんにちは、夜神さん」
「やあ」
「また、霧に遭ったみたいですね。」
 Lの言葉には苦笑が混じっている。という事はこの時間帯はしょっちゅう霧が出ているわけではなさそうだ。
「みたいだね。飛行機はいいよ。雲の中でも寒くも冷たくもないしね」
「夜神さんは面白い例えをしますね。確かに雲と霧は同じものですけど…。ああ、暖炉の傍に座ってください」
 月はコートのボタンを外しながら、そういえば今日はやけに暖かいと思った、と暖炉を見遣る。
 パチパチと赤い火の粉が弾ぜて、花火のようにすっと消える。
「今日は暖炉に火がついてるのか」
「ええ。なんとなく、いらっしゃるような気がして」
 やはり、普段は暖炉に火はくべないのだ。Lの回答にそう考えてちらりとLの姿を見る。
 長袖のTシャツに古びたジーンズ。
 どこをどう見ても寒そうにしか思えないが、彼はそれが丁度良いと言っていた。
(変温動物みたいだな)
「ハンガーはそこにかかっているものをお使い下さい」
「ああ。…そうだ、これ」
 コートを脱ぎかけて、持っているものを思い出す。
 ただ時計を受け取るだけだが、ちゃっかり居座ろうとしているのが自分でも可笑しかった。
 今度は外でパタタ、と雨の音が聞こえた。
「雨、か。」
「ええ。イギリスの雨は突然大降りになったりしますから、気をつけて下さいね」
 注意されて、確かにホテルを出る時も言われたことを思い出した。
 とにかく、いい口実が出来た。
「ケーキとか買って来たんだけどね」
「…それでは、お茶を淹れましょうか」
 言ってLは微笑んだ。


////To be continiued////

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