暖炉の前に椅子を3組、置いた。
 最近はあまり目にしない本物の炎に色がとても新鮮だった。

【残酷ピエロは3度啼く】


 寒そうなので。
 Lがそう言って、少し行儀は悪いが暖炉の前にみっつ置いた椅子の内、一脚をテーブル代わりにする。
「雨が降ったので、また霧が出るかもしれませんね」
 そう言って、Lがベタベタと足音を立てて、紅茶を運んで来た。
「どうぞ」
(ペタペタ?)
 そっと渡された紅茶を受け皿ごと受け取ると、月はLの足元を見遣る。
「…お前、裸足じゃないか…」
「あ、ええ。その通りです」
 何でもないことのようにさらりとLは告げ、一旦紅茶を置くと、そのまま椅子の上に足をかけた。
 ちょこん、と膝を折って、体育座りのような態勢で椅子に身を預ける。
「いくらなんでも、行き過ぎじゃないか?…それとも、雪男だとかいうオチか?」
「まさか。一応列記とした人間ですよ。…多分」
「多分か。溶けないように気をつけろよ」
 そのままはぐらかされたことに多少気分を害したが、半眼で相槌を打つに留めた。
「ええ、そうします」
「…ところで、今更なんだけど、大丈夫なのか?」
「何が、ですか」
「こんな所でお茶なんかしてて。客が来たら見栄えが悪いだろう?」
 しかもそんな座り方で。
 指摘してやると、Lは「いいんです」と答える。
「私はこの座り方じゃないとバランスがとりにくいんですよ。それに、そもそもお客さんは来ないですしね」
「…客がこないんじゃ駄目じゃないか。」
「駄目ですね。」
「…改善しようとか思わないのか?」
「それは、まあ。仕方ないので」
「…ふぅん」
 思わず、突き放した感じの声が出た。
 なんだかガッカリだ。途端に紅茶の味が悪くなる。
 Lはその響きが聞こえていた筈だろうに、何も無いように自分の紅茶を啜った。
「このクッキー、とても美味しいです」
「ああそう。それは良かった」
「…相当、気に食わなかったみたいですね。」
 Lが笑いを含み言葉に出したので、月はちらりと暖炉からLへと視線をやった。
 こちらをむいている炎に照らされた赤い唇が口角を上げている。
「何が」
「事態を改善しようとしないのが、です」
「…よく解かってるじゃないか」
 あからさま過ぎたかとも思ったけれど、昨日ワクワクした期待感を削がれて、面白くなかった。何か原因があるのかとも、と思ったけれど、それも含めて動こうとしないLにやはり腹をたてたので、きちんと認める。
 もしかしたら、納得できる答えも持っているかもしれないという望みも含めて。
「夜神さんは、真っ先に何かしないと気が済まなそうな感じですね。先手必勝、好きでしょう?」
「ああ。後手にまわっても余り良いことはないからね」
 やはりつんけんした言い方になったが、Lは特に気にする風でもなく『そうでしょうね』と答える。
「実は私も根は負けず嫌いなので、解かります。…けれど。人生には待つこと、耐えることが必要な時もあります。…きっと貴方は負け犬の遠吠えと思われるでしょうが」
「…。能力があるものの義務は、どう思う」
「必然はあると思いますが、選択しないという自由があってもいいと思います」
「……ご馳走様。世話になったね」
「いいえ。」
 ペタリとLが足を下ろしてカウンターへ歩み寄った。
「お預かりした品物です。どうぞご確認を」
「ああ。代金はこれでいいね」
「ええ。有難うございました。外は雨が降っています、傘は…」
「いい。折りたたみを持っている」
「そうですか。気をつけてお帰りください」
「…」
 中身も確認せずに、コートのポケットに無造作に時計を突っ込み、何も言わずに店を出る。
 傘を持っているなんて、嘘八百。そんな事をするのも億劫で、襟をたてて小雨になった雨の中を突っ切る。
 視界の利かない雨の中、月はそれでも歩みを緩めたりはしなかった。


////To be continiued////

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