期待を掛けさせた分、腹が立つ。


【残酷ピエロは3度啼く】


「夜神さん」
「メイスン長官」
 捜査本部の廊下を歩いていたら、背後から声をかけられて振り返る。
「…どうだ。何か分かったか?」
「………」
 無言が返事の代わりだ。
 それを受けて、長官は「そうか」と呟いて長い廊下を歩く。
「そんなに長引くものでは無いと思ったが…、それならば仕方ない。もう一度選別を行ってから、無期限の捜査組織を作ろうと思う。…夜神くん。君にはその頭になって貰いたい」
「…私が、ですか?」
 こうなるとは思っていたが、しばし悩む。確かに月が直接命令を出せた方が効率は良い。
 しかし、頭になる事で漏れる情報もある。この中にはいないと思いたいが、相手に通ずるスパイがいないとも限らない。だとしたら、長になるのは、危険。月には神であるという重大な責務があるのだから。
「どうか問題でも?」
「…いえ、皆優れた者達ばかりですし、私のような若輩者がトップに立ったとしても快く受け入れてくれると信じてはいますが。相手は手強い。このまま待っていても軽々と尻尾を出してくれるとは思えない。目的がある限り行動を起こさないという事は無いので、チャンスはありますが…、まんじりとこのまま待つのは得策では無いと思います。
…ですから私は出来るだけ現場に出入りも出来る立場でありたいのです。トップにはレスターさんが良いかと思います」
「…ふむ」
 月の言い分を聞き、長官は弛んだ顎を撫でながら考え込む。
「…分かった。そのようにしよう。あれは指揮官としても有能だしな」
「有難うございます」
「…ところで…」


 今日は快晴。
 高く澄んだ空を見上げてから月はコツコツと踵を鳴らしながら歩く。
(全く困ったものだ…)
 あんな会話をした後で、よくも時計の修理などを頼める気になると思う。しかも、自らが特別捜査チームの長にと、と推した人物に、だ。
(妻との結婚祝いだか何だか知らないが…今はそんな事をしている場合じゃないだろう…!)
 溜息をついたが、現時点で月は一応長官に逆らえない。逆らえないわけでは無いが、そうした所で何の特にもならない。
 それで仕方なく、捜査の目的もあって時計店に足を運んでいる。
 竜崎時計修理店ではなく、ワイミー時計店へ、だ。
 メイスン長官曰く、その結婚祝いへと購入した時計の製作者は既に亡くなっていて、しかもその辺の技師では歯が立たないらしい。
 Lならばきっと直せるだろう。けれど、もうあいつには会いたくはない。ならば、体調を崩していて、その時はいなかったワイミーを訪ねる他、ない。
 こねにはこの時計があるし、丸め込むのは簡単だ。
 古めかしい石畳と、蜂蜜色の石壁を眺めながら、目的の看板を探すと今回はすぐに見つかった。小さな古い表札のような看板だ。前回に見逃しても仕方ないものだと思った。
『今日は霧が出ていないんだなー、月。アレ面白、だったのにな』
「ふん。お前は気楽でいいね」
 もう黙れよ、と言いおいて月は軽く扉を押した。どうやらもう戻って来ているらしく、扉は難なく開いた。
「おや、どなたですか」
 薄暗い店内の中、低いカウンターの向こう側にいた老人が顔をあげた。
「貴方がワイミーさんですね?」
「はい、はい。そうですが…」
「僕は父から貴方の時計を譲りうけました夜神と申します」
「ああ、夜神さんですか。あの方はとても良い方でした。お元気ですか?」
「はい。お陰様で父は元気です。素晴らしい時計を有難うございました」
 月は人好きのする笑顔を浮かべながら、老人のテンポに合わせてゆっくりと話す。
 それを聞いた老人は嬉しそうに小さく頷いてから月を見つめた。
「それで、わざわざ今日は私に逢いにいらっしゃったわけではないでしょう?」
「ええ、今日は不躾なお願いで申し訳ないのですが、この時計を直していただきたくて」
「…ふむ」
 すっと懐から箱を取り出して広げると、ワイミーは鼻の下に蓄えられた髭を弄んでからそれを手に取り検分した後、カウンターの上に置く。
「…私はやめておきましょう」
「何故ですか?貴方の作品の中身を見せて頂きましたが、素晴らしい出来でした。この時計は私の父と同じく、これの持ち主の結婚祝いだと聞いておりますが、製作者は残念ながらもうおらず、直せる技師もおりません。貴方のその素晴らしい腕ならば直して貰えると思うのです。直していただけませんか」
 相手を盛り立てるたて、事実ではあるが褒め湛えながらワイミーの様子を窺う。
 ワイミーは驚いた顔でこちらを凝視し、口を開いた。
「中を見たのですか」
「あ、ええ。霧で迷っていた時に偶然入った修理店で。貴方は体の調子を壊していないという事でしたので…」
「Lですね?」
 小さな目が大きく見開かれていて、月は少しばかり居心地の悪いものを感じる。
「…そうですが…」
「…あの子には可哀想な事をしました。貴方はあの子の友人ですね?」
 寂寥感漂う言葉に、月は眉を顰める。もう二度と顔も見たくないと思っていたのに、変な動悸が胸を支配した。
「何か、あったんですか」
「…あの子がいないからこちらに来たのでは無いのですか?」
 違う、と首を横に振ると、ワイミーは「そうですか…」と俯いて目を伏せた。
「あの子はもう…いません。可哀想な子でした。親を事故で亡くし、自らの視力も無くし、それでも真っ直ぐないい子でした。あの子を私が引き取っていれば…」
 月は目を見開いて、ワイミーを凝視した。
 何、何と言ったんだ、この老人は。
 総てが止まったような気がした。動作も音も空気でさえ。
(そういえば、一度も目があった事がなかった)
(もう、いないだって?Lが?)
 思った途端、月は時計を握り締めるとばっと身を翻した。


////To be continiued////

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