犠牲にしておいて、仕方ないなんて言葉、好きじゃないんです。


【残酷ピエロは3度啼く】


「ちょ!!おまっ!!!Lッ〜〜〜〜!!!」
 Lの、踵の靴擦れが癒えて来た頃。
 自分の為に、ひいてはLの為に居住区としたアパートメントの3階の端っこの部屋で起こったテレビの惨事に、月はLを叱りつける。
「…分解しないと嫌な性質なんです」
 ちょっと月が目を離した隙に、Lは買ったばかりのテレビを分解してしまった。
 月はテレビの残骸を目撃して、眩暈を感じる。もしかして甘やかしすぎたのだろうか。
 ああ、きっとそうに違いない。
「Lっ、今日という、今日はっ!」
「…私に何か言う事があるとでも?」
 Lが不気味な笑顔で振り返って、思わず月は閉口する。
 忙しさにかまけて、Lとの約束に遅れて行ったのはつい先日の事だ。
 今まで外に出られなかったLは、月という存在を得て『時計を届けに行く』などの名目でちょくちょく外に出られるようになった。そのLを月は寒空の下、何時間も待たせたのだ。
 因みに遅れて行った月に、Lは盛大なくしゃみをお見舞いしてくれたワケだ。
「…僕が悪かったよ…!だからもうやめてくれ…!」
「………」
「僕だって忙しいんだ。分かってくれ。だから、合鍵だって渡しただろ?」
「…月くんはそれが正義だと思っているんですか?」
「…何の話だ?」
 思わず、声が低くなる。Lは月に背を向けたままで僅かに首を傾げた。
「私は今まで知りませんでしたが、今の社会・キラの実情は聞きました。月くんの考えも」
「…」
「私は賛同できません」
「おい」
「気持ちは分かります、存分に。あんな事故に巻き込まれなければ、視力も、両親も失うことはありませんでした。だから一層…その気持ちは分かります。分かります…が」
「L、お前…」
「月くんは?」
 Lの言葉に血脈が逆流しそうだと思った。
 Lは事故でだが、幼少時に相手の飲酒運転のせいで多くの犠牲を背負わされている。月はかなり悪質な違反をしていない限り事故を起こした者を裁いていないが、もしも、キラがそいつを裁けるとLに伝えたとしたら、Lは…
「月くんは?私は、月くんはキラを許さない人間だと思いました。私と同じに」
 顔といわず、全身が強張るのを感じた。そんな言葉、聞きたくなどない。
 喉の内がカラカラだ。
 月は引き攣るような喉をこじ開けて、声を押し出した。
「僕は…僕と同じに、お前の視力を奪った人間を恨んでいると思ったよ」
「そうですね、恨んでいます。でも、殺したいとは思いません」
「それが、故意であったとしても?」
「そうだとしたら…殺したいと思うでしょうね。殺したいに決まってます。もし、相手が故意に私の両親を傷つけ、殺したのだとしたら、同じ目に。故意でなくとも、今、私が代償を求められるのだとしたら、私と同じ目に合わせたいと思うに決まってるじゃないですか。」
『ならば』と問いただそうと思った。
 けれど、Lの声が静かに続いて月はぎゅっと拳を握り締めて、待つ。もう、前のような短慮を起こして傷つけるのは、御免だ。くるりと丸い骨ばった背中を見つめた。
「ずっと恨んでいました。何故私がこんな目にあわなくてはならないのかと思っていました。今までずっと。本当は今の方がずっと。…私は一生貴方の顔を見る事が出来ません」
 Lの声が小さく震えているのに気付いて、月は呆然とLの背中をただ眺めた。
「…知っているんです、私。ヒトがどんな風にして笑うのか、どんな風にして微笑むのか。…ですが、私は、一生、貴方の表情を見る事が出来ないんです」
 顔をあげて、ぽつりぽつりと呟く、背中。
 見ていられなくなって、背後から腕を回す。
「私の目はもう、光ある風景を映す事は出来ません。…だからと言って、他のヒトにもそうなって欲しいと思いません。人を殺す事、傷つける事、許せない犯罪です。…ですが、人が人を私情で裁けば、それは犯罪です。どんな大義があろうと、人という命を絶ったという事実だけは同じ、反対の理由の一つはそれです。二つ目は、無理に抑圧された陰湿さは、表面に出ないだけ深く、重くなるのでは無いかと、私は思うんです。でも私は月くんの言うことも分かる。だから、もしそれが長く続けば、痛みの無い世界が続けば、今よりずっと優しい世界が築けるのかも。もしかしたら世界にはキラが必要なのかもしれません」
 Lの手が、月の回した腕に触れた。
「ですが。」
 ひんやりしているけど、温かい、手。
「それを築こうとしている人が、善良であればあっただけ、その人の苦痛は並大抵のものではないでしょう。大義の為、正義の為と思い、傷を見る事をしないで突き進んでいるなら尚の事。もし、人外の力を手にいれ弾みでそうしてしまって、そうあり続けなければと思っているなら、尚の事。その人を犠牲にしてある世界なんて、辛すぎます。」
 Lの首筋に顔を埋めた月の頬に、柔らかい髪が触れる。
「月くんの語るキラは、あまりにも悲し過ぎます。もし、世界中の人々がそれで幸せだとしても、そう言っても。きっと私は、月くんがキラだとしたら、幸せではありません。」
 何の妨害も無いと言っていい程に、楽に神になった。
 裁けば裁くだけ、犯罪は目に見えて減っていった。
 最初はとても、怖かった。死罪になるとは思えない人間も殺してしまった。
 人はキラを神だという。
 僕も神になったんだと思った。
 強い精神力。忍耐力を保ちさえすれば。神であれると。
普通の家庭の優しい母、厳しい父、可愛い妹。
 下手を打てば、その母も、父も、妹も、手にかけなければならなくなると思った日。
 段々と、辛くなくなっていった。
 僕は神になったのだから。
「だから、私はキラを認められません。キラというヒトを犠牲にして、幸せになりたいと思いません。…キラを語る月くんは、とても辛そうです。きっとキラはとても優しい人。だから、認めるわけにはいかないんです」
(L、キラは人じゃない。神だ。だから、辛くなんて無い、悲しくも無い。真面目な人間が損ばかりする世界を変えていけるなら、不幸だなんて思うものか)
「…そう。でも、僕はキラじゃないし、キラだとしても辛くなんて無いと思うよ」
(…でも、何故か、胸が痛い。泣いてしまいたいよ、L)
「…そうですか」
 そう呟くLの声が遠くに聞こえた。


////To be continiued////

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