ほら、だからキラは必要なんだ。


【残酷ピエロは3度啼く】


 ぴちゃん。
 タオルを絞った端から、水滴が一滴落ちて、水紋を作った。
「L」
 深夜の部屋。外の静かな雨音以外に音の無い部屋で、月の声はよく響く。
「…大丈夫、ですよ」
 はぁはぁと、熱に浮かされて疲弊した顔で、Lは口角を上げた。笑っているつもりだろう、その顔は、今は酷く曖昧でとても儚い。
「何か欲しいものは?」
 汗を拭って、額のタオルを交換する。Lにとってはとんでも無い事かもしれないが、月にとっては、多少の熱ならば、出てくれた方が有難い。まるで、死体のように冷たい体を抱きしめた時間の方が辛かった。
 Lの体が冷たければ冷たい程、月は不吉なワイミーの言葉を思い出すのだ。
「…分かった、どこにもいかない。」
 Lは言葉の代わりに、頬にへばりついた髪を拭う月の手を取った。それで、月はその力のない手を握り返す。
「…すみません。昨日からずっと、寝ていない…でしょう」
「構わないさ」
「仕事も休ませてしまいました」
「構うもんか」
 Lを連れ帰ったのは昨日の夜の事だ。そして熱が出始めたのは明け方から。今は大分収まって、予断を許さない状況では無くなった。多少息切れはするが、短い会話くらいなら、もう出来る。
「…お前の義父か…?」
「………」
「何故だ」
 胸の内のどうしようも無く、やり場の無い怒りを抑えこみ、月は静かにLに問う。
「…私が悪いのです」
「それは、違う。どんなことがあっても、暴力に訴える相手の方が悪いに決まってる」
 それも、こんなになるまで。
 殴られたのか、その時にぶつかったのか、転んだ傷か、Lの体には無数の痣と裂傷、擦り傷がある。こんな痛々しい姿になる程の咎がLにあったとは思えない。
「…何がおかしい」

 小さな笑いを聴きとって、月はLを睨む。こんな時に、ここまで心配させておいて、Lに笑われる所以(ゆえん)など月には無い。
「…いえ、キラを支持する月くんが『どんなことがあっても』というのが、おかしかっただけです」

「…そんなの、言葉のあやだろ」
 そうですね、
 Lが弱く返した後、少し沈黙が落ちた。
「圧倒的に私が悪いのです」
「だから、何故」
「だって、貴方と寝てしまいました」
 イライラと疑問を問いつけた言葉が、その端から凍る。
「遠い親戚の、どうでも良い、しかも目の見えない子供を引き取って育てて。それがある日男と寝た痕跡を残しているのを発見したら…、普通の人間ならば、我を忘れて手をあげる事もあるでしょう。暴力を良しとするワケではありませんが」
「…痕跡…」
「…鬱血が出来るなんて知らなかったんです」
 ですから、不用意に服を脱いでしまいました。
 そう続けるLの言葉を聞いて、月は喉をごくりと鳴らした。
(それじゃあ、それは僕のせいか)
「貴方のせいではありませんよ。私の目の見えないのが悪いのです」
(そんなワケあるか)
「こう言っては何ですが、私は嬉しかったし」
(そんなバカなことを言うな)
「莫迦らしいかもしれませんが、見えぬ痕跡が嬉しかったのです」
(そんなバカな事…!)
「義父には悪いとは思いました。…殴られたのは痛かったですが。本当に」
「お前はバカだ、L」
「…そうですね、きっと」
 鼻の奥がツンとする。
 配慮が足りなかったのは、月の方だ。
 Lに何も言わぬまま、抱いた。
 認められない事は知っていた。Lの置かれた隔絶された環境も知っていた。
 目の見えぬ事も。
 なのに、配慮を怠ったのは月だ。
「L、一緒に暮らそう」
 もっと早くにそう言えば良かった。
「お前が嫌だと言っても、連れて逃げるから」
 あの無慈悲な男の下から、連れ出してしまえば良かった。
「L」
 法律など、気にせずに。
「………」
 Lの指先が慎重に月の頬に触れた。
 濡れた水滴を指の腹で拭って、それをLは指ごと口に含む。
「…塩辛い…。啼いているのですね、月くん」


///to be continued///

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