世界は作り上げた端から、ぽろぽろと砂のように崩れ落ちていって、
 何度も、何度も、その綻びを結びなおす。
 犯罪の無い、優しい者達だけの世界。
 そんなユートピア、築くことは出来ないと分かりきっている。
 けれど、近づく事は出来るはず。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


 大きなモニタールームの真ん中に、Lはいつもの通りに座り込み、じぃっと食い入るように数々のモニターを眺める。
 一定感覚で次々とモニターに証明写真のように写されている人物とその名が入れ替わっていく。それを瞬きする隙さえなく、Lは凝視しながら頭の端で『モニターを観察するのはニアの方が得意なのですが…』と思った。デスノートの力を借りずとも、世界一を誇る頭脳を持ってはいるが、人間には得意・不得意がある。Lもまた不得意では無かったが、これに関してはニアの方が得意だという認識はある。しかし、これはL以外の誰が行っても意味などない。
 人名と人物の写真が次々と流れるだけの映像など、普通はあまり参考になどならない。
 しかし、死神の目を持つ、Lだけは違う。
 次々と、流れる人物の寿命を、割り出した人間時間へと脳内で編成し、同時に本名か偽名かを確認する。これだけで、随分と犯罪に対する対処が違ってくるのだ。死因はさまざまで、死神の目では死因までは分からないが、死の時刻さえ分かれば、そう高い可能性ではないが、何かしらの対処は行える。
 時間が止まったかのように微動だにせず、画面を眺めていたLの後方から電子音が鳴り響いて、画面の流れがピタリと止まった。
「L、メロとニアからです」
 背後に控えたワタリがそう言ってLが頷くと同時に、ワタリがモニターとマイクの回線を切り替えた。ざっと白いスクリーンに変わったモニターにMとNの文字が浮かんで、メロの「よう」という声と、ニアの「L、こんにちわ」という短い挨拶が、両のスピーカーから紡ぎだされた。
「メロ、手配は済みましたね?」
 Lは二人に「お疲れ様です、待ってました」と声をかけてから単刀直入に切り込んだ。すぐに明快な返事が返ってくる。
『ああ。万事オッケーいつでも来いって感じだな』
「ニア、確かな情報ですね?」
『はい、半年も動向をチェックしましたから』
「では、そのように」
 決定事項を告げて、Lは二人との通信を切った。
 これでまた、一つ大きな山を越えられる。
「L…随分とお疲れのようですが…」
「ワタリ」
 いつの間にか影のように寄り添っている老人に、Lは微笑みを向ける。
 通称ワタリ…キルシュ・ワイミーには感謝をしても感謝しきれない。
 未来であり、過去でもある時間に出会った月に『さよなら』を告げてから、まだ成人もしていないLの後見人になってくれたのはワタリだ。そして、Lの言うままに手を貸してくれたのも。
「ワタリ、私は大丈夫です。かなり丈夫なんですよ、こう見えても」
「ですが」
「有難う、ワタリ」
 不可解な事柄…―例えば、Lの目が突然見えることになった事とか、Lを殺そうとした犯人が謎の心臓麻痺を起こした事など―…不可思議の連続だったLを問い詰める事もせず、一緒に歩く事を選んでくれた彼にささやかながら礼を言う。ワタリはおおきな白い眉毛を難しい時計と出遭った時のように顰めてから、ニアとメロと話していた間に用意したのであろうワゴンを引き寄せた。
「…少しお茶でも飲まれたらどうです。Lの大好きな苺のショートケーキもあるんですよ」
 ワタリなりの妥協案だろう。労わるような声音に、Lも一つ頷いて聞き返した。
「りんごもありますか?」
「ええ。りんごも勿論」
 Lはワタリの用意したりんごを、ワタリがお茶の用意をする為に移動した隙にリュークへと手渡す。
「このりんごは美味しそうですね」
「ああ、ジューシーだな。程よいすっぱさ?が堪らない」
 異形の姿の死神が、がしがしとりんごを頬張るのを見ながらL自身もその赤いりんごに手を伸ばした。
 ノートを介して義父を手にかけてから、9年の月日が流れて、その間に、Lはもう存在しない未来における、彼がデスノートに記した犯罪者の名前全てを処理してしまった。
起こった事件を解決する事よりも、事件の起こる前に先回りして解決する事は容易では無い。死神の目を持ち、人類総てに近い寿命を知っていて尚、この数年でそれは痛い程身に染みた。もしも、容易にそんな事が出来るとしたら神のみだ。
(そういう意味では、悪徳な犯罪者を総て裁き、恐怖によってでも、犯罪を未然に防ごうとした、彼の遣り方は効率の良いものだった…)
 しかし、Lはそれを選択するつもりは無い。
 それは、彼の背負っていた全てを、肩代わりするつもりが無いというのと同時に、彼のやりかたに賛同出来なかったからだ。
(…人の内なる正義を記すのに、神の手ばかりに任せていい筈がない…)
 ましてや、人間が神を語っていい筈がない。
 自分達はあくまでも、人間なのだから。
だから、これからはL自身と、Lが信じる者達、そして世界の一部である彼ら自身の力だけでやり遂げなければならないのだ。

 ただ一人、この身のみの、知られざる遠い過去と未来と罪を背負って。


////To be continiued/////

2006.08.31


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