順風満帆の人生を送るんだと思っていた。
自分で言うのも何だが、頭脳明晰、スポーツ万能、手先も器用だし、僕にやってやれない事はない。
誰もが僕に一目置いたし、それが当然の出来事だった。
だからこそ僕は、高校生であった時から、警察に協力しては、その度に何度か表彰も受けていたのだし、警察庁に入社するのにも、歓迎さえされた程だったのだ。
そんな人生に、少しだけ遣り甲斐が欠けるな、なんて思っていたのだが、それを除いて思い通りにならない事など一つも無いと思っていたのだ。
それが覆る日が来るだなんて、夢にも思っていなかった―。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


「…以上が今回の事件に関与する者の名だ。今迄名前を呼ばれなかった者は地区A通り魔事件の担当者になってもらう。指揮は夜神月。」
 父親でもあり、上司でもある夜神総一郎局長の言葉に、月は思わず自分の耳を疑った。
 周りから「おお」という驚きの声と、同僚の歓声と称賛、一部の者の嫉妬の視線を受けながら、月は半ば呆然と総一郎を見遣る。
「では、各自対策会議室に速やかに移動するように。以上、解散」
 そんな月の視線など気づきもせず、総一郎は解散の声をあげた。その宣言と同時にばらばらと同僚が席を立って行き、月はその者達を見るとも無しに感じながら、最後の一名がパタン、と会議室から出て行った所で、書類をまとめる父の前へとつかつかと歩み寄った。
「しっかりな、月」
 それに気付いた総一郎が笑顔で励ますのに、月は努めて冷静に声を押し出した。
「…局長…、何故僕の名前が無いのです…。」
 少しばかり怒りを孕んだ息子の声に、総一郎は意思の強そうな眉を驚いた様子で顰めて「どうかしたのか?」と瞬きをする。
「…だから、何故、僕をLの指揮するチームから外したんですか―」
 世紀の名探偵L。それはけして秘密事項というワケではなかったが、警察の中でも少数の者にしか知らされていない。全警察を動かせる力を持ったものの存在など、公にするべきでは無いからだ。
 しかし、月は知っていた。
 そう、まだ、高校生であった時から。
 どんな難事件も解決するという通称L。憧れというのでは無かったが、接点を持ってみたいと常々思っていたのだ。そしてその目的の近道が、警察で出世するという事であろうも…。
 どの事件にLが関わっているのかは、推測がつく。難事件であればある程、Lが直接警察庁にアクセスする確立は高くなるのだ。
 だからこそ、月はどの事件にLが関わっているのか検討づけて調べていたのだし、自分がその事件に配属されるであろう事を信じていたのだ。
 今度こそ。
「…それは」
 総一郎は月がLの指揮する事件を知っていた事に、僅かに驚いた表情で息子を眺めてから嘆息して、理由を話した。
「Lが関わる事は、事件を担当した者だけに今から話す事だが、仕方があるまい。…私も、実はお前の事を推薦してみたのだ。…だが、Lの返事はこうだった。『事件にはいつでもイレギュラーが付き物です。だからそれに対処できる、能力のある者を一箇所に集める事は出来出来ません。それが、指揮を執るものなら尚更凡人であっていい筈がない。私も別の事件の捜査員の配置までに干渉しようとは思わないが、夜神月にはその素晴らしい能力で別の事件を確かに解決して欲しい』…と。…月、お前の気持ちは分かるが、Lの言う事ももっともで、お前にとっても良い事じゃないかと思う。Lの言葉で、お前が指揮をとる事が早くなったと言っても過言ではないのだから。事件は各地で起きていて、一つが総てではない。お前はお前に与えられた任務を正しく遂行しなさい」
 慈愛に満ちた父親の言葉に、後もう少しで月は舌打ちしてしまうところだった。
(父さんは騙されてる、見栄えのいい理屈を隠れ蓑にした、体のいいあしらいの言葉じゃないか!)
「…分かったよ、父さん。じゃ、僕も打ち合わせがあるから。時間を取らせてごめんね」
 苛立ちを柔和な笑顔の下に押し込んで、月は殊勝に微笑んで見せた。
 そんな月を心から自慢の息子だと思っているのであろう総一郎が、「うむ」と言って月の肩を叩いて出て行く。
 それを笑顔のままで見送ってから、月はおもむろに手を机に叩きつけた。
(一体僕の何が不満なんだ、L。僕を指揮官にまで祭り上げて、お前の捜査から外そうとする意図は何だ…!!)
 苦く競り上がるものを飲み下して、月は誰もいない室内のパソコンを睨みつけた。
 月もこういう事が初めてなら、こうまで思わなかっただろう。
 だが、態度に表さなかっただけで、月は幾度もチャンスを軽くあしらわれた事を知っている。
 初めの内は、それでもまだ入社したばかりだから、まだ若いから、キャリアをそれほど積んでいないから、と自分に言い聞かせていたが、もう我慢が出来ない。
 Lの口からはっきり納得のいく言葉を聞くまでは。
 月はどこかにLにつけこむ隙が無いかを調べ、必ずLの鼻を明かしてやろうと心に誓って、とりあえずは自分に落ち度の無いように振舞うことに専念した。


////To be continiued/////

2006.08.31


……………………
[0]TOP-Mobile-