押し殺しても、押し殺しても、胸は何度もチクリと痛む。
 けれど、それは私の選んだ事なのだから。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


 『好きにするさ』と言われて、Lはガリっと親指の爪を噛んだ。
 胸の内に紛れもない嫉妬と不安が渦まいているのが分かる。そんな感情、持つ資格など無いというのに。
 今まで、なんとか月をLに、そしてキラに近づけまいとしていた。死に直結させるような事をさせないようにと心を砕いてきた。しかし、それは傲慢というものかもしれないと、Lは思う。
 Lはデスノートを手にした時に選んだ道を後悔すると思ったことはない。もし今、目前にあの時の月がいたとしても、謝るつもりもない。
 あの時と今では状況が違う。あの時のLは紛れもなく月を想っていたし、月もまたLの為にそれまでの犠牲を踏みつけるような事をした。つまり、それだけ想われていた。
 その中での出来事だ。でも、今は違う。
 もしも月が遠い昔の昔、既にLとリューク以外の思い出にしか残っていない過去にLへと向けていたような想いを、他人に向けているとするならば、それを無理やり阻むようなことをしてはならない。例えデスノートが絡んでいたにせよ、キラが絡んでいたにせよ、月の幸せをLが決めて阻んではならない。
 月が再びキラとなるような事があっても、それはもう必然だ。Lがどうこう言うことではないと思う。…ただ、もうあんな風な言葉は聞きたくないし、今でもキラのやり方には賛同は出来ないから、結局Lはいつか月を追い詰めるのかもしれないが。
(だから、結局自分の為…ですね…。ただ私が痛い思いをしたくないだけ)
 やはり最終的にはそこに行き着いて、自分の業の深さに溜息をつく。
 これでは何の為に『L』になったのか、分からない。
(もう、高田の所に着いたのでしょうか…)
 キラの遣り方は今も昔も認められない。それでも、月がその可能性に近づく事を止められなかった。個人としても公人としても、だ。
 そして、それは紛れもないLの落ち度だ。月への『幸せになって欲しい』という想いだけに徹し切れなかったLの落ち度だ。
 これ以上心を動かしてはならないと思って、常よりも頑なな態度を取ったのに、恋心に囚われては完璧に冷静になりきれなかった。もっと他に遣りようがあった筈なのに、己の不器用さにはほとほと呆れてしまう。
 ぎしりと軋む椅子の音に、まるで自分の心の音みたいだ、と苦笑する。
「…リューク、月くんで遊ぶのはやめて下さいね」
 勝手にTVを見ていたリュークにLは自身の心を立て直してから、ジロリと横目で睨みつけた。
「いきなり体から手が出てきたりしたら驚くじゃないですか。後、物の位置を動かしたりするのも。月くんは鋭いんですから…」
「僕が何だって?」
 言葉の途中で声が聞こえて、はっと顔を向ける。丁度ドアが開いた所だった。
 広いスウィートルームだ。言葉の内容までは聞こえていないにしても、固有名詞だけは拾えたらしい。
「た…高田のところに行ったのでは…?」
 思わずどもり、室内に入って来た月を真っ直ぐ見据えてしまう。
 その視線を僅かに逸らして、月が呟く。
「お前の考えにも一理あるからね…、ヤメたよ」
「…そう、ですか」
 ほっとして足から力が抜けそうになって、慌ててぎゅっと力を込めた。月が手にしている紙袋が目に入った。
「…夜神くん、それ、何です?」
「ああ、これ?」
 ひょいと袋を掲げてみせてから、月はふと何か疑問に思い至ったように僅かに黙り込んだ。
「…いや、ケーキなんだけど。…さっきお前、僕の事を名前で呼ばなかったか?」
「気のせいでしょう?」
 うっかりLは赤面しかけるところだった。


////To be continiued/////

2006.08.31


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