人の心とは計り知れないものなのだと、最近思う。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


 月の平均睡眠時間は少ない方だ。
 健康には気を使っているから、最低限の睡眠は必ずとっているけれど、それでも少ない方だといえると思う。
 その月でさえ、Lが寝ているのを見た事がない。
「おい、竜崎」
「何ですか?」
 やはりLは振り返るという動作をしない。
 最初の内は勘に触っていたが、Lに人間としての常識を求めた所で仕方ない事なのかもしれないと、最近では思う。
「お前ちゃんと寝ているのか?」
「ええ、大丈夫です」
「…本当か?昨日ワタリさんに注意しておいてくれって言われたぞ」
「ワタリは心配性ですから」
 スクリーンからまったく視線を逸らすことなく、何かプログラムを作動させているみたいに、いつもLは淡々と喋る。
「竜崎」
 まるで精巧に造られた人形のようだと、月はその人形を僅かばかり人間に近づけさせる為にスクリーンを遮るようにLの前に立ちはだかった。
 分かりやすいぐらいにLが不機嫌そうに顔を顰めた。
「見えないのですが」
「竜崎、人と話をする時は、その人の顔をちゃんと見て話すべきだ」
「必要なときはそうしますよ」
「必要って?」
 月が立ちはだかったままでは、捜査を続ける事は無理だと思ったのか、Lが機械のスイッチを止めた。
「相手の反応を観察しなければならない時などですね」
「…お前ね」
 月は半眼でLを見下ろす。そのLはというと、捜査を続ける事は諦めていないらしく、今度は紙の資料をめくり始めた。
「竜崎!」
 ぐいっと顎を掴んで上方に向けさせ、他の邪魔なものが入らないようにズイっと月は顔を近づけた。
「話す相手の顔を見て話す事は、人としてのマナーだ。捜査に忙しいのは分かるが、失礼だろう…」
 矢継ぎ早に繰り出されていた言葉が、見開かれたままの黒い瞳に吸収されたように萎んで行った。
 視線が逢ったまま、外れない。
 普段、目を見て話すなんて事が殆どないLなのに、時折こんな風に、何でも見透かしているような黒い瞳を、不躾とも思われるくらいの静かさで合わせて来る事がある。
 お互い、瞬きもしないまま、吸い込まれるように見つめ続けた。
(この距離は…不味い)
 何がどう不味いのか、今の月には判別出来ない事だったが、それでも直感がそう訴えた。
 瞬間、パチリ、とLが瞬きをして、月には、Lが瞼を閉じて何かを待っているように見えた。
 Lの顎にかけた指先に力が入る。
「夜神くん」
 だが、次の瞬間にはLの目は開かれていて、顎にかけられていた手は緩慢な動作でLに払われて、月は呪縛から解かれたように体を起こした。
「首が痛いんですが」
「あ、ああ。悪い。…だから、つまり。極力、話をしている時はこっちを見るようにしろっていいたかったんだ、分かったか?」
「ええ。まあ、いちいちこうやって捜査を中断されるのも迷惑ですから、そのように気をつけます」
「…お前、ね。…そんなのだと友達が出来ないぞ」
 気まずい雰囲気を一瞬で吹っ飛ばすようなLの物言いにつられて、月もすぐに応酬したが、その後の返事に月は直立不動に佇むことしか出来なかった。
「…私はLですから」
 そんなものは要らないという意味だった。


////To be continiued/////

2006.08.31


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