世界のLの癖に、手がかかる。
 月は妹のサユの事を思いだして、それ以上だな、と一人笑った。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


「こら、竜崎。食べかすを零すんじゃない!」
「お前、銀紙を一緒に食べるなんてどういう神経をしているんだ!」
「食事はきちんとバランス良く!それが基本だろ!」
「何できちんと拭かないかな?風邪を引くじゃないか、頭もちゃんと乾かして来い」
「ほら、竜崎。今日はもう寝るぞ」

「………最近の月くんは、ワタリ以上です。あなた私の母親ですか…」
 うんざりと呟くLに、月は「だらしないお前が悪いのさ」と鼻で笑ってやった。
「僕はワタリさんみたに甘くはないからね」
 Lはそれにはぁ…と溜息を吐いて肩を落としてみせた。月はそれを横目で眺めながらPCの電源を落とす。
 以前、ワタリに「Lを宜しくお願いします」と言われた事がある。当然秘密の多いLである。深くは語らなかったがワタリはこんなLを初めて見た、という。
 こんな楽しそうなLを見たのは、初めてだと。
(…楽し、そうか?)
 月にすればちょっとした日常の延長のようなものである。むしろいわゆる普通と呼ばれる日常よりもちょっとしたコミュニケーションについては退化しているような気さえする。まあ、事件についての考察論争は例を見ないほど充実していたけれど。
「……私、一応全世界の警察を動かせる名探偵なんですけど。つまり今は夜神くんの上司です」
「関係ないね」
 確かに、日常を楽しむような発言を時折発するようになった気はする。今の会話とて、以前のLならば口にしなかっただろう。
(少しは心を許されてるんだろうね…)
 月の返事に小さく綻んだLの表情を見てそう思う。次の瞬間にはいつもの顔に戻っていたけれど。
 そんな思いは、この緊張感を伴った毎日にでさえ、月に温かいものを運んでくれる。
 以前には想像すら出来なかった心境の変化だと自分でも思った。
「ほら、竜崎」
 電源が落ちたのを確認して、しぶしぶといった体のLの背中を押す。
 そして、Lがベットに潜り込んだのを確認して、月は脇に置いてあるロッキングチェアに身を預けた。
「…そんな毎日監視されるようにされては寝付けません…」
「そう、頑張れ竜崎」
「………」
「僕は寝たふりを見抜くのが得意だから、騙そうなんてしても意味ないからな」
 気の無い返事に、Lが押し黙るのを心の中でだけ笑ってから、これまで実証済みになっている釘を刺す。そして月はちょっとばかり意地の悪い悪戯を考えついた。
 これも、今までに何だかんだと理由をつけて僕を遠ざけていたしっぺ返しだ。
(僕はそれに大層傷ついていたんだから、こんなささやかな仕返しではおつりが来るくらいだよ。これくらいで済むことで有難いと思えよ、竜崎)
 密かにとんでも無い事を語りかけて口を開く。
「…ああ、そうだ。監視されるようにここにいたんじゃ眠り難いとの事だから、…添い寝してやるよ」
「…何ですって…?」
 案の定、大きく目を開いた竜崎を尻目に、月はうっすらと笑う。
「僕もどうせ添い寝するなら女がいいけど、仕方ない。お前は男というより、何か変な動物みたいだしね、そう気にならないさ」
「…夜神くんは、でしょう。私は気になります」
 警戒色を強めたLに、月はいっそう無邪気を装って近づく。一瞬だけ警戒の表情の中に、傷ついたような色を見たような気がしたのを心に留めて。
「子供の体温とは言わないけどそれなりに僕だって温かいんだよ」
 そう言って、無理やりLのベットに転がり込んだ。
「ほら」
 今にも出て行きそうなLの体を引っ張り込む。ギクリとLの体が強張るのを感じながら抱きしめてみた。
 口の減らないLが、思考を停止させたかのような沈黙を長くしたのに気を良くし、緊張に強張るLの体にもう少しだけ力を入れて抱きしめてみる。
 恐らく、Lは限られた特定の人間以外との生身のスキンシップを取った事がないのだろう。
 それは日頃の様子だけで容易に分かる。
(もしかして、Lはこんな風になるのが嫌で、僕を遠ざけていたとか?)
 ありえないことではあるが、そんな考えは月をプライドを慰める。
(でも、Lは高校生だった僕に『幸せか』と聞いてきた。僕を僕と知っていながら…)
 そこまで考えると、ありえないと分かっていても、妙にピースがあてはまったような気分になる。
(そうすると、Lは自ら小さな幸せを排除しているという事になる…。…それは何だか…)
 寂しくて、可哀想で、愛しい。
 そしてそれは先日Lが言い切った『私はLですから』に集約されているように思えた。
(案外馴染むな…)
 そこまで考えてから、月はLの体温を感じながら、そのまま眠りに落ちた。


////To be continiued/////

2006.08.31


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