何度も、何度も、綻びを直そうとした手は傷だらけ。
 最初から、易しい道ではないことは解り切っていて…
 でも、最初から覚悟していた事だから、きっと、ずっと、頑張れる。

 不幸ではない。
 悲しくなんてない。
 辛くもない。

 貴方の幸せを想えば、私はずっと幸せなのです。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


「京都府地方検事…何故早く言わない?」
 月が魅上に関するデータを次々に頭にいれながら眉をしかめてみせた。
「少し考えをまとめたかったもので、すみません」
 それにLはいつものようにさらりと謝ってみせたので、月は眉間の皺を更に深め、嘆息した。
「…分かった。お前にもう考えがあるという事か…。本当にスタンドプレーばかりだな、竜崎は。…で?その前にどうして魅上だと断定した?」
「分かりませんでしたか?」
「分かったさ。2番目に裁かれたと思われるのは魅上が手がけた裁判で死刑にならなかった人物だろう?一度目はニュースで全国指名手配された人物だから洗いようが無いが、この事件は違う。この後一掃されたのは現時点で悪行を行ってる人物で、今はこの男のような人物も裁かれてはいるが、一連の行動を順を追ってみると、これだけが不自然だ」
「その通りです。」
 Lの肯定の言葉に、月が少しだけ苦いものを飲み下すような仕草をした。Lはそれに気がつかないふりをして続ける。
「ですから、魅上をキラと断定して行動したいと思います。まず、キラは顔を見るだけで人を殺せる。それが念動力のようなものなのか、何か殺しの手段があるのか、それはまだ皆目見当もつきませんが、顔を晒さない、そこにさえ気を配れば、殺されることはありません」
「じゃあ、後は警察に覆面でもさせて魅上を押さえるか…。この方法だと殺しの証拠はあげられないが、何の情報も与えず、監禁するだけでも犯人を魅上だと立証する事が出来る。そもそも念動力のようなもので、殺しを行っていたのなら、殺しの証拠など発見することは出来ない。そうだな?」
「いえ、残念ながら、訂正します。現時点ではまだ警察と協力して魅上を逮捕する事は勿論、確保も出来ませんし、私達だけの人脈で行う事もしません」
「何故?」
 驚いたような月に頷いて、Lは足元のふかふかした椅子のクッション部分を少し揺らしながら爪を噛み、天井を見上げるようにして考えをまとめる仕草を見せた。
「そこを考える為に月くんにお話するのに少し時間を置くことにしたんです。…以前、キラの能力がバージョンアップした事を覚えていますね?」
「ああ、またそんな風に殺しの手段が増えると言いたいのか?」
「まあ、そんなところです。もし、ここで失敗すれば、魅上を捕まえるのがより困難になるはず。今はまだ迂闊に動けません」
「………、だが、それを恐れていたら本当に警察は手も借りれなくなるぞ。警察だけじゃない。地下組織的な半キラ勢力にしたってそうだ。今はまだ、半キラ社会…といった程度。それでも世界中の一人ひとりが人質みたいなものだろう。特に国のトップの人間はキラに服従せざるを得ない。強い正義感でキラを悪と唱えてみたところで殺されれば、国民を守れないんだから、仕方ないし、それでいいと僕は思うが、時間が経てば考えが変わってくるのは否めないだろう…。今でさえもうこんな状態なんだ、全世界がひれ伏した後じゃ遅い。何よりも、犠牲になる人間の数が多すぎる。低い確率に躊躇って、勝算を逃すわけにはいかない」
 月が熱心にLを諭して、Lはそんな月の瞳を瞬きを繰り返して覗き込んだ。
 室内の照明が反射して、月の瞳に輝きを与えている。信念を貫いている人物特有のその表情―。
「本当に?」
「…?」
 そこに嘘や偽りは見えない。だからこそ聞いてみたくなった。
 Lがずっと恐れている、その事を。
「本当に、そう思ってますか?犯罪を起こした非道な人間に裁きを与える、その事を本当に許せないと思っていますか?」
「な…にを…」
 愕然とした表情でLを見つめる月に更にLは言い募る。
「もし、今裁かれている人物達が過失などによる人たちが含まれていなかったら?本当の本当に、非道な事ばかりをしてきた人物だったら?その罰が明らかに少なすぎたら?月くんが、もしキラと同じ能力を持っていたとしたら、本当に?本当に今と同じことを言えますか?」
 驚愕に満ちた顔が最後の方には怒りに染まって見えた。
 握り締めた拳に、浮いた血管に、どれ程強く感情を押し殺しているかが窺うことが出来た。
 けれども疑問を言い切ったLに、月は憎悪ともとれる怒りの表情で低く声を押し出した。
「…僕がその能力を持っていたらキラになると思うのか…。高田に会いに行くと僕がいった時、お前が僕に言った言葉は揶揄なんかじゃなく、お前の本心だったのか…」
「……その通りです。私は、夜神くん。今でもその能力さえ持っていればキラになるのでは無いかと思っています」
「…心底呆れたよ、竜崎。お前は僕がキラになりうる素質を持っていると思ってて、キラと手を組まないように布石としてここに呼んだのか。…恐れ入ったよ、よくもそれだけ人の心を踏みにじることが出来る。わざと隙を見せて、あんな風に僕の名前まで呼んで見せながら、その実、裏では僕のことをそんな風に思っていたなんてね…」
 月が全ての感情を呑み込んで笑った。
 どす黒い憎しみを全身に受けながら、Lは静かに月を見つめる。
「どうせ、魅上まで辿り着いたのもお前の手柄だ。好きにするがいいさ。僕が魅上と手を組まない用、好きなだけ見張ってるがいい。携帯も、ここに置いて行ってやる。僕はしばらく部屋に下がる、お前の顔を見たくない」
 緩慢な動作で月が椅子から立ち上がった。ぎしっと軋むスプリングが二人の間の溝のようだとLは思う。
 ポケットから出した携帯電話をLの前に置くと、そのまま振り返ることもなく、月は自室まで歩いていく。
 音も無くドアが開いて、月の姿がその中へと吸い込まれていった。
「…そんな風に思っていたのなら、あの時見殺しにすれば良かったんだ。」
 『そうすれば僕がこんな想いをする事も無かった』と言外に含ませて、月はやはりLに背向けたままドアを静かに閉めた。
「…だって、キラだったじゃないですか…」
 Lは膝の間に顔を埋めて呟く。
 膝頭がじわりと暖かくなった気がしたが、気のせいだった。
 Lはいつでも月を失望させてばかりいる。
 さっき月に言った事はLの本心だ。月の中の二つの正義はどちらもきっと事実だと知っていて、その事実を知っているが故にLの疑念は変わることがない。
 犠牲は少ない方が良いに決まっている。月は犯罪の抑止の為にその力を使っていた。
 私怨で使った事は一度だけ。
 どんなに自制していたとしても、例外が必ず出てくるように、月の中の二つの正義を吊るす天秤が傾きを変えないとは言えない。
 余程、強い信念でも無い限り。
 だが、そういったものはちょっとした環境や状況でやすやすと傾きを変えてしまう。
 けれども、Lがこんな発破を月に仕掛けた最大の理由は彼がキラに少なからず賛同しているのではないか、それを封じこめるためではない。
 今朝の失態を隠すため、そして、一番大きな理由は―。
「見殺しになんて出来るわけが無いじゃないですか…、こんなにも…」
 月の事だけを想っているのに――。
 月が殺されることを一番恐れているからだというだけなのに―――。
 けれども、幾ら思っていようとも、Lは月の事を傷つけてばかり、いる。


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・あとがき・
いつも有難うございますの方も、お久しぶりですの方も有難うございます!
半年以上開けてのアップになってしまいました…。本当に申し訳ありません…!
これから、日記連載として、頑張ってアップして行きたいと思います!(この連載は前半とその以前の作品がMainの長文庫に収納してあります)
色々と微妙な感じになってしまうと思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします♪
…未だにラスト付近の構想に納得がいかんのですよ…
2007.04.02


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