目の前が赤く染まって見える。 あまりの途方も無い怒りに、はらわたが煮えくり返るさまをまざまざと体験した。 今まで味わってきたどんな怒りよりも、それは強烈で、純粋で、憎らしくて、 噎(ム)せ返るような怒りに、殺してやりたいと思うくらい腹立たしくて、 そして、今まで味わってきたどんな悲しみよりも――、悲しかった。 【残酷ピエロを幾度も殺し】 「…」 頭が割れそうにガンガンと鳴り響いていたのは、昨日まで。 悄然とベッドに横たわり、何もする事もなく迎えた3日目。月はようやく手放していた理性を取り戻しつつあった。 隣の部屋では、弁解すらしないLと、呼び戻されたらしいワタリの気配がする。それは月が必要ないといわれているようで腹立たしかったが、やっとの思いで処理しきれない衝動を逃した今、月は大きく溜息をついた。 (おかしい――) 怒りで、Lの事ばかり考えていて、それでようやく明確な不自然さに気付いた。 以前から変だ変だ、と思っていたLの態度が、冷静になってそれだけに集中すると改めて、彼の行動言動の不自然さが際立つ事に気付く。 高校を卒業したての春。「幸せそうですね」と月に聞いてみせた、あの行動。 Lという立場を思えば、聞いてみたくなるのが人としての心境…とも思えるが、問うた相手が月というのが解せない。名前まで知っていた、局長の息子。理想的な家族形態。資料を見さえすれば、聞かずとして、幸せである事なんか一目瞭然といった話だろう。 万一偶然であったとして、L程の頭脳の持ち主が、月に聞いた事を覚えていないはずがないのだ。どう考えても、しらばっくれているとしかとれない。 そして、頑なに月をLが関わる事件に関与させないといった行為。 ずっと何かあるのだと思っていた。それが悪意に満ちたものだと思って、それを覆(クツガエ)された為に、ただの偶然だというLの主張を受け入れたが、割合で考えると、偶然と考える方がおかしい。 それから、多少強引な手を使うLではあるが、放送を止めるために月の行動を乗っ取る形で阻止したあの所業。あれもよくよく考えると違和感が際立つ。 Lは警察の、ひいては月を含めた命を数名失ったとしても、Lが公にならない事を選ぶべきだったのだ。何故ならば、キラはLの事など知る由もなかったのだから。世界中の誰がキラだとしても、警察が動くであろう事は百も承知の公然の事実だが、全警察を動かせる『L』なる人物の事など想定外だろう。キラとしての心理を考えるならば、イチ警察官が逸ってあんなスタンドプレーを行ったのと、全世界の警察を動かせる探偵の所業なのと、どちらに危機感を覚えるかは明白だ。 Lは切り札でなければならない。警察がキラを追えなくなる、キラの居場所が特定できるという結果をみれば、Lは静観するべきだったのだ。月とその他の警察官数名の命を失なったとしても。 それにキラからの宣告で月が警察をやめようと思った瞬間かかって来た電話。高田の所へ行くと言った月のプライドを逆撫でるように吐き捨てられた言動の数々。 一つ一つだけを取ると、Lの行動を不審と確信する事は出来ないが、全部並びたてて見ると、不自然さは必然を露呈する。 月の命にかかわる場合のみに行われる、Lの不可思議な行動。 それに、不可思議なのは、Lだけでは無い。月自身もだ。 何故、『幸せですか?』と聞かれた後、泣いたりした。どうにも堪えきれない胸の痛みを感じたりした? 確率は低くとも、たとえ高田を巻き込んだとしても、やらなければならなかった捜査を、どうして、何故、取りやめたりした? 機嫌を取るようにしてケーキなんかを買って。 思わず空耳だと疑った、Lの「月くんが」という言葉を深く問い詰めもせず、見送ったりした? この身にしっくりと馴染む、その感覚を懐かしいと感じ、 不可思議な夢の、不可思議な幻の、己の半身とも呼べる空白の正体を――。 Lだと思ったり、したのだろう。 (僕の夢は、鍵なんだ、全ての不自然を解く、鍵…) 見るともなしに、天井を見上げながら、深く深く考え込む。 集中しすぎて、天井の白が、まるで夢の中の霧のように揺らいだ。 (…Lは僕を知っている―――) そして、月もLを知っていた。 そう仮説を立てて考えれば、驚くほどすんなりと、一連を繋ぐ鎖が引っ張りだされる。 知っている、Lも月も、お互いを。 そして、多分。お互いを深く想っていたはずだ。 Lが初めて会った時、蕩けるように微笑んで見せた。二人一緒のベッドで迎えた朝、親愛の篭った声で呼んで見せた―、あれが現実であるのなら。 (Lは僕を疎んじて、ましてや憎んでいるんじゃない…。…Lは僕を―?) ドクン、と心臓が一際波打った。 急速に戻ってきた視界を逸らす。口許を覆った。 ドクン、ドクンと、それは月をたたき起こすように鳴り続ける。 (…好意だと、すると…。全て辻褄が合う…。あんな優しげな表情を見せる反面、僕を遠ざけるのも。心が熱くなるような声で名前を呼んでみせながら、壁を作るように暴言を放つのも―…。全身で月を拒否しながらも、それを貫けないでいるのは―。) 全てはきっと、Lが月を想っているが故の話しなのだ。 月を…危険から遠ざける為なのだ。 next→ …………………… [0]TOP-Mobile- |