きっと全てを知っていたとしても、運命に抗うのは、とても難しい。
 何度同じ道を通っても、きっと何度も間違ってしまうのだ。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


「そうですか…、分かりました。もっとも危ないのは顔を晒して行動しているメロ、貴方です。絶対に近寄り過ぎないように」
『分かってるって』
「後は、マットに女の子をナンパしないようにきつーく言っておいて下さいね。それだけで裁かれてもおかしくないです」
『分かってるって』
 二度目は笑いを含んだ声が返って来て、Lも心を和ませる。
 この状況下において、まだLが笑顔を忘れずにいられるのは、ニアやメロを筆頭にした頼れる者達のお陰だ。
 Lに文句の一つも言わず、通信が切れる瞬間、メロに一言「気をつけて」と声をかける。
 それを見計らったように壁抜けしたリュークが声をあげた。
「なあなあ、L〜」
「?どうかしましたか?ご褒美のりんごならそこに山程置いてあるでしょう?」
「…俺がまるでりんごの事しか考えてないみたいな言い草だな…」
「違いましたか?ああ、それでは死神の事きっちり洗いざらい話す気になりました?」
「本当に似たもの同士だよ、お前ら…。そうじゃなくて、その月がいよいよ可笑しくなって来たぜ?」
「…月くんが?」
 さっと眉間に皺を寄せて、ふわふわと浮いているリュークを見上げる。
「どういう風に?」
 月が部屋に閉じこもってから、リュークをけしかけて何度か様子を見にいかせたのは、単純に月の体を心配したからでもあったし、月の心変わりを恐れたからでもあった。
1日目、二日目、物凄い形相で唸っているらしい月に、多少申し訳なさを感じたが、同時に怒りの矛先がLに向けれている事に安堵した。その怒りがLだけに向けられている間は、キラのことを考えないでいられるだろうから。
 それが三日目の今日、その様子が変わってきたという。
「何か企んでいる様子でしたか?」
 予想の範囲内ではあったが、本音をいえば、もう少し待っていて欲しかったと思う。
 月が本気になれば、今度こそ、言葉だけでは月を止められはしないだろう。
 そうなると、物理的な、例えば軟禁などの手段を講じなくてはならない。
 それを想像して尋ねた言葉であったが、リュークから返ってきたのは以外な返事だった。
「いや、気持ち悪い」
「…は?」
「俺はずっと月が何かを企む顔を見て来たが、あれはそんなんじゃ無かったな。恐ろしく、気持ち悪かった」
「…はぁ・・・、それは、どのように…?」
「真剣な顔で俯いていると思ったら、急ににやけだしたり、むっとしてみたりとそんな事の繰り返しだ」
「…はぁ…」
「今までに見たことの無いパターンだな。何か変な病気じゃないのか?」
「…ええと…」
 それではどうしましょうか、と呟きかけた途端に、月の寝室のドアが開いてピタリとLは口を閉じた。
 やけに真剣な顔をした月がツカツカと一直線にLの元にまで歩いて来る。
 そのある意味鬼気迫る表情に、さっとLは身構えた。もしかしたら、シンプルにLを気絶させて、現場に赴こうと企んでいるのかと思ったのだ。
「…L。」
 低く、月が声を押し出した。
 腰に手をあて、少し高慢な感じで、Lを見下ろしている。
「何でしょうか?」
 Lはその視線の高さに、顔をあげて、月を観察した。
 その視線を受けて、月は視線を逸らしながらコホン、と咳払いをする。
(確かに、おかしい)
 このような状況で、月がLから視線を逸らせるとはー。
 しかも、頬が僅かに上気している。
 これは、リュークの言う通り、変な病気にでもかかったのだろうか。
 そう思った瞬間だった。
 チラリと視線だけを遣った月がそのまま、上体を屈めて来たのは。
 何事かと身構えたLの肩に月の両手が添えられる。
 視界がぼやけて、月の表情すら判別できなくなった瞬間、
 唇に暖かいものを感じた。
「!」
 ちゅっと優しく啄ばまれて、思考が一気に混乱しはじめた。リュークの「うほ!?」という声すらLの耳には届かない。
 月の口付けがLの唇に、顔に、頬に一気に注がれた。
 そして月の手は、我に返ったLを封じるかのようにLの体を椅子の背もたれに押し付ける。
 バランスを崩して、椅子に尻餅をつく格好になり、慌てて逃げようとするLの耳元に、低く情熱的な声が響いた。
「―L―」
 それだけで、Lは動けなくなってしまった。
 よく、知っている声だ。
 よく、知っている声。
 心のどこかで、もう一度そんな風に呼ばれる事を待っていた…。
「L、L…。お前の声で僕の名を呼んでみて―?」
 ひたりと吸引力のある視線が向けられて、Lは小さく身震いした。
 きっとあの頃、こんな表情で月は何度もLに触れて来ていたのだろう。
 そう思ったら、胸が熱くなるのを止められず、思考が記憶を呼び戻すのを止められなかった。
 思わず、Lは唇を開いた。
「ら…らいとく――」
 月の名を呼ぶ声が途中で消失した。
 椅子が二人分の重みを受けて、ぎしりと軋んだ。



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