どこか遠くに置いてきた、一番大切な感情。
その記憶は戻らないけれど、今は愛おしいその感情を取り戻せただけで満足だった。


【残酷ピエロを何度も殺し】


 見開いた瞳が、激しい感情の渦に呑まれたように揺れて、
 赤い唇が、失われた記憶の糸を手繰り寄せるように震えた。
「ら、らいとく――」
 それだけで、月の心はどうしようもなく身震いして、途端に溢れ出す愛おしさに任せて再びLの唇を奪った。
 こじ開ける間もなく開かれた咥内に侵入して、差し出された舌に絡ませる。
 長い腕は月の存在を確かめるように、世界の全てのものから守るように、抱擁の手が背後に回された。
 焼け焦げる胸の熱さに、このまま死んでしまうかと思って、
 でも、貪欲に、もっともっと手に入れるために、唇を離した。
「―エル、」
 頬を撫でる。
 真摯な眼差しを注がれたLが、くすぐったさにか少し目を眇めて、それからどちらともなくお互いの体を抱き寄せた。
 月の腕がLの薄い背中をゆっくりと降下して、それだけでLは体を震わせた。
 首筋にかかる高揚した吐息が素直に嬉しかった。
「らいとく…!…」
 まるで毎回毎回、月を幸せな夢から引き摺り戻す目覚ましベルのような、不愉快な電子音が抱き合った二人に降り注ぎ、Lが突然月を突き放した。
「…も、申し訳ありません。勘違いしてしまって…」
 恐怖を感じたような濃い不安を押し出すように、Lの言葉が震えた。
「勘違い?何を?誰と?僕と同じ名前の、同じ容姿をした僕と?」
 ギクリとLの体が強張った。
 まだ夢から醒めないのか、というように鳴り続ける呼び出し音を月は乱暴に切った。
「何を隠してる。もう絶対に騙されないからな…。逃がさないよ、L。ウィンチェスターで僕達は恋人だった」
「!」
 Lを揺さぶるなら今しかないと、真実を聞きだすためにかまをかけて、それにLは真実を探るように月の瞳を覗きこんだ。それだけで、月はLだけが覚えていて、自分が忘れてしまっているんだという事を悟った。眉を寄せる。
「やっぱり、僕だけ記憶を失ってるんだな」
「!」
 案外簡単に引っ掛かったのは、それだけ動揺しているからだろう。
 Lが、視線を逸らした。
「僕は以前に何かの事件に巻き込まれた、そうだろう?」
「……」
「それで、もしかして死んでしまったとか?」
 頑なに一切の感情を押し殺したLは口を噤む。
「手をかけずに殺せる能力があるんだ。時間を戻せたとしてもおかしくは無い」
 岩のように硬くなったLの体に手を触れた。
「僕がキラ事件に関与して殺された、違うか?それで、何らかの手段で時間を戻したお前にだけ記憶が残った。だから今回、キラを容易につかめたんじゃないのか?」
 ぐっと椅子の上で体を折り畳んだLを抱きしめて、月は呟く。
「じゃないと説明がつかないよ、L。お前が僕を遠ざけようとする理由が…。だから、L、お前の口から真実を話してくれ。何を聞いても驚かない…、…、もし、それが時間を戻してしまったことで話せないっていうなら…、何かの規則に触れるからっていうなら、聞かないから…、聞いたりしないから…、せめて、僕の事をどう思っているのか、聞かせて」
 身長は月と同じくらいあるはずなのに、Lの体が小さく思えて、抱きしめる腕に一層力をこめる。
「それも言えない?言ってはダメなのか?受け入れてはダメなのか?僕は、僕はいつからかずっと胸に穴があいたまま、生きてきた。でも今、お前に会えて、幸せで、どうしようも無い。失いたくない。この気持ちが僕だけの独りよがりだと思いたくないんだ…!だから、…受け入れて欲しい。認めて欲しい。勘違いなんかじゃないって。僕の欠落したもの全てがお前なんだって!もし、それで全てが無になったとしても構わないから…!」
「……」
 長い沈黙の後、Lが躊躇うように口を開いたのが分かった。

紡ぎだされた言葉は、僕の虚無を埋める、その言葉。



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