誰もが焦っているのだと、分かっていたが、踏み出せずにいる私は臆病なのだろうか。
 だが、私は失うのが怖い。
 失うのが怖いと竦んでしまっている、自分が怖い。
 彼と出会わなければ、彼がキラだとしたら、こんな風に竦まずに済んだのだろうと思ってしまう、自分が嫌いだ。
 己よりも大切だと迷いなく思える。
 それで世界を犠牲にしてしまえる、自分が、憎い。
 彼よりもきっとタチが悪い。


【残酷ピエロを幾度も殺し】


 問題は死神なのだ。
 自室に一人篭って、ガリッと爪を噛んだ。噛みすぎて無理やり剥がされた肉から血が滲んでしまっているが気にならない。気にする余裕がない。
 誰もが、Lが決断を下せない事を不満に思っている。それくらい、とうに気付いている。
 問題は死神なのだ。
 Lはこれほど厄介な相手を他に知らない。ノートに触れなければ認知すら出来ない。ノートに触れたとしても、死神にその気がなければ触れない。拘束も出来ない。
(死神に関するデータが少なすぎる…)
「リューク」
「何だ?」
「本当に、掟以外にもう喋れることはないんでしょうね?」
「ああ、ない」
「無いというか、知らない…役に立ちませんね…」
「…オレ、一応死神なんだが、殺されるとか思わないのか?」
「殺すんですか?」
「いいや」
「ああ、本当に死神という生物は厄介です。せめてリュークが神と名がつくくらいに無知でなければもう少しマシだったものを…。デスノートの所有者同士は生きていても寿命が分からないという事さえ知らないとは…。存外役に立たない神ですね…」
「…いや、だからよ…」
「ああ、もう林檎あげますから、喋らないでください」
 自分で聞いたくせに、本当にお前らよく似てるよ、とリュークが呟いたのは既に耳に届かず、Lは再び眉間に皺を寄せてガリガリと爪を噛む。
(魅上の死神が重要なのだ…。リュークのように個人の意思があるなら、知りうる事も違ってくる。行動も違ってくる。…退屈だという死神界。だが、死神の全てがリュークのような思考回路とは限らない。魅上を確保する事は簡単だが、死神が手出しをしないとは限らないのだ…。もし、そうなれば、私にはどうする事もできない。死神は死神を殺せない。もし、リュークが手を出そうと思っても、きっとどうにもならない事なのだろう。…本当に厄介だ…)
 そこで、Lは一息吐いて膝に顔を埋めた。
(一番気になる事は、魅上が死神の目を宿したかどうか。)
 魅上に肩入れしているならば、寿命を縮めさせてまで、目の取引はしないだろう。偽名の者を殺そうと思うなら、死神に頼めばよい。
(もし、死神が魅上に力を貸しているのなら…、どうすればいい…)
 今回魅上に逃げ切られれば、酷く厳しい状況に追いやられる。
(どうすれば…)
「…L…ちょっといいか?」
 容赦なく過ぎる時間に、苛立ちを込めて爪を齧った時に、控えめなノックの音が聞こえてLは顔を上げた。
「……はい」
 一人で考えたいと言ったLの邪魔をしに来るくらいだから何か余程の事だろうと、許可すると、白い箱を持った月がLの傍へのゆっくり歩み寄った。
「どうか、しましたか?」
「どうかしてるのは、Lの方だろ?…僕は手当てをしに来ただけ」
「手当て?」
「…血だらけだ」
 怪訝な顔をしたLの手にゆっくり触れて、今にも泣き出しそうな顔で目を伏せた。
「…考えの邪魔をしようってワケじゃないけど、これ以上は黙ってられない」
 月は持ってきた救急箱を開けて、滑らかな動作でLの傷を覆ってゆく。
「僕は許せないよ」
 何に対しての言葉なのかは、聞かなくても理解できた。
「…お前の言う通りかもしれない。僕は――、」
 それ以上の言葉は大気に溶ける前にLが飲み込んだ。


ひとつ だけ たしか な ほうほう が ある。
 L が 魅上 を 殺す 。
  みずから の デスノート で。



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