「アナタがたに私は殺せない」

残酷ピエロを幾度も殺し。


 晴れ渡っていた、空に雷鳴の轟くような、暗雲が立ち込め、その中で立ち尽くしている魅上にLは歩み寄った。
「下手な抵抗さえしなければ、命の保障だけはしますよ」
 目を細めて、魅上の鞄を手に取った。
 カチリとロックを外して、その黒いだけのノートを手に取る。
「はじめまして、死神さん」
「…ノートの所有者か。コイツ以外にいたとは知らなかった…。死神はどうした」
「それは勿論、置いて来ましたよ。でなければ、近づく前に一発で見つかってしまうでしょう?逃亡されては困ります」
 ノートを触った途端にリュークとはまた違う白い姿の異形の死神が目の前に現われて、その姿を視認する。
「レムと話せるということは…ノートは本物、何故、ノートの効果が無い…」
 目の下を痙攣させながら、魅上が僅かに口を開く。
「それは私も疑問に思っていたところだ。私の目にはお前の寿命が見えている…、ノートが効かないはずがない」
「分かりませんか?」
 魅上のノートを持ちLはそれを象徴するように少しだけ掲げて見せた。
 二つの表情が揃って怪訝な顔をするのに、答えを口にした瞬間、声が被った。
「デスノートに名前を書かれた者の死は――」
「L!」
 息堰切ったその声に、その姿にLは呼吸を止めた。
 ここにいていい筈がない、その姿に目を大きく開いて、それが幻ではないことを確認し、静かに息を飲む。
「らいと…くん?」
「動くな…!」
 無防備に走り寄って来た月の腕を魅上が取って、捻りあげた。
「月くん…!!」
「この男を殺されたくなければ、ノートをこちらに渡すんだ」
 喉に突きつけられたのは、凡庸な万年筆。
 殺傷力に欠けるものの、上手くすれば喉を掻っ切る事も出来るそれに、Lは顔を顰めて魅上を睨みつけた。
「…イチかバチかと思ったが…、どうやら賭けに勝ったようだな。ノートに名前を書いたことに安心し、一人で来たようだな。囲まれているというのは、はったりだ。この男の登場に驚いた、それが証拠だ。包囲されていて、こんな風にのこのこと人質が現われるはずがない。…こんなノートの存在など表には出せないだろうからな…?」
 ドクン、ドクンと心臓が強く脈打った。
「…L…」
「なぜ…、」
「こんなところで終わらせる事など出来ないのだ!早くしろ!」
 魅上の握る手に力が入り、鋭利なペン先が月の喉にクッと埋まった。
「……それとも、見殺しにするか?」
 低い声にLはギリっと奥歯を噛み締める。
 月がどうやってあの場から解放されたのか、ニア達はこの場に来ているのか、それとも月の独断でか、手勢は連れてきているのか。
 そんな考えがぐるぐると頭を回ったが、確認する時間はなさそうで、Lは一つ息を飲み込むのと同時に「分かりました」と答えた。
「L…、駄目だ」
「人命…優先です…」
 ばさりと魅上の足元にノートを放り捨てる。自らジリジリと何歩か後ろに下がってみせた。
「これでいいでしょう?放してあげてください」
「…レム、代われ」
「………」
(やはり、駄目か…。しかし―…)
「!?」
 月の拘束を解く手が未知なるものに変わって、月がビクリと肩を揺らした。
 それをノートを拾った魅上が常軌を逸した瞳でチラリと盗みみて笑う。
「今度はお前のノートの所有権を放棄しろ」
「私は今、ノートを持っていませんが…」
「それでも所有権の放棄は出来るのではないのか?レム」
「ああ、出来るな…」
「悪あがきをするな。この後でノートで殺されては元も子も無いからな…」
「L――」
「…分かりました」
 月の瞳に視線を合わせる。
 ドクドクと脈打つ心臓の音が脳内まで大きく響いて、Lは眉間を寄せる。
(…失いたく、ない)
 やけに静かな月の瞳を、それ以上直視する事が出来ずにフイっと逸らした。
(…自分の命を賭けて、沢山の命すら犠牲にして…、守って来たものを…)
 ぐっと奥歯を強く噛み締める。吐き出すように口にした。

「私のノートの所有権を放棄します」



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