STAGE:1
【僕とボディーガード】#3



 それから僕の書斎はどうなったかというと、
 少し戸棚を占領され、椅子が一脚、小さなテーブルが一つ増えたというだけの。ボディーガードの部屋と呼ぶにはあまりにも奇妙な有様になった。


 落ち着かない。
「あのさ」
「何ですか?」
 月の書斎兼、Lの部屋になった、やはり月の書室での読書中。
 今まではこの場所が一番落ち着く部屋であったのだが、Lがやって来て数時間で一番苦手な場所となった。
「凝視するの、やめてくれない?」
「何故ですか?」
「集中できない」
 荷物を移動させると言った月に対して、Lはそのままでいい、書斎が移ることはLがこの部屋を自分の部屋にするという事の意味が半減するのだと反論した。
 それでそのままいつもの通りに使えというので、多少居心地が悪いもののいつもの通りに医学書を読み解いていたのだが、Lがこちらをじぃっと穴が空くんじゃないかと思うほど凝視してきて、集中力が途切れる。
「そのうち慣れます」
「…ガードするには外でも眺めていた方が少しは役に立つんじゃないの?」
 本から目を離すと、月の真正面に設置した椅子に奇妙な座り方で座ったまま、唇に指先を押し当て瞬きひとつせずにこちらを窺っているものだから辟易する。
 ボディーガードを雇ったというよりも、恨みごとを囁く悪霊でも連れて帰った気分だ。
「それは大丈夫です。耳を澄ませていますから」
「…それはどういう」
「私、耳もいいので異音がないかどうか判別できるんです。外を窺うのはそれからでいいです。セキュリティーもありますし」
「あ、そう」
 それで何だって、こうも観察されなければならないんだ。
「で?僕を凝視する意図は何」
「夜神くんを観察してます」
「だから、何で観察されなきゃいけないんだって聞いてるんだけど?」
「守る対象をよく知らなければ、狙われたときにどう行動していいか分からないからです。守る対象が無機物なら非常時にも動き回らないので敵にだけ集中すればいいのですが、相手が有機物だとそうはいかないじゃないですか。一歩も動くなともいえませんし、それは無理でしょう?そういった時の人間の一般的な行動原理は頭に入っていますが、個人差もありますし、色んな面において夜神くんの性格や行動パターンなんかを知る義務が私にはあるんです」
「…なる程。だけどさっき気になる箇所があった。『その内慣れます』っていつまで観察するつもりだ?まさか1週間ずっと、じゃないだろうな」
「おや、お嫌ですか?」
「嫌に決まってるだろ。監視、され続けられて平気な人間がいたら見てみたいね。しかも女ならともかく、男に凝視され続けるなんてぞっとするよ」
 皮肉交じりに、鼻でせせら笑うようにすると、Lは「ああ」と頷いた。
「そういえば、月くんはお盛んな年頃でしたね」
「な…!」
「女性のボディーガードが頻繁に変わる理由はソレでしょう?一部じゃちょっと有名ですよ、夜神月くん」
「………、守秘義務はどこにいったんだ」
「それは」
 思わず間抜けな台詞が口をついたのに、Lが微かに笑う。Lが微かにだか口角を上げることは珍しく思えて月は少しばかり目を見張った。
 表情が変わらないわけではないが、微笑むという作業、…Lに限っては作業と言っていい…、そんな表情をするとは思わず、月は指摘された女性関係よりもそちらに一瞬気をとられてLに視線をやった。
「女性の口には戸をたてられないといいますか、態度を見ていると分かるというか…。中々可愛らしいガード対象がいて、女性陣はこぞってそこに配属される事を狙っているなんて噂もまことしやかに流れてましてね。プロなのに冗談かとも思いましたが、今日この家に入ってすぐに分かりましたよ。言葉に出さずとも牽制しあっているのを見かけたので直ぐに」
「………」
(『可愛らしい』……)
 引っ掛からないところが全くなかったわけではないが、言葉の内容に思わず視線を逸らせて苦く押し黙ると、そうそう、とLが付け加えた。
「そんなわけで、女性を連れ込むさいはちゃんと事前に報告してくださいね。それが女性のボディーガードでも同様です。スパイかもしれませんしね。もう他のボディーガードについての履歴などは調べましたけど、一応。ですから夜神くんは事前の報告さえしてくだされば、心配せずに事に励んでいただいても結構ですよ?そういう場面にも慣れていますから、ばれないように潜んでます。いないも同然です」
「……っ、お前ね!」
「まあ、我慢していただくか、自分で処理してくださるのが私は楽なんですが、その辺は仕事なのでちゃんとします。ですから、念を押すようですが、事前の報告だけはちゃんといれてくださいね」
「〜〜〜っ」
「あ、私の方は気にしないでいいですから。淡白な性質なので特になんとも思いません」
「誰がお前の性癖なんて気にするか!!バカ!!」
 部屋に戻る!と捨て置いた月の背中に「お休みなさい」という含みのあるLの微かな笑い声が追いかけてきた。
 それに月は『どうせ一週間で終わるんだ』と言い聞かせて扉を閉めた。


to be continued★


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・あとがき・
多分月くん(どっちかつうとキライト)はこういう環境だったら、ボディーガードのお姉さん辺りに中学生くらいの時、とって食われてんじゃないかと思ったり(笑)
2007.06.01 update


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