STAGE:1
【僕とボディーガード】#5



 うんざり、といった表現が一番適切だ、と思った。


 四六時中Lが傍にいる。
 僅か3日にして、それは月を心底疲弊させるのに十分な内容だった。
 そもそも月のスケジュールはハードで、常と言っていいほど神経を張り巡らせている。
 今は学校が春休みに入っているので若干の時間のゆとりはあるが、時間が空いたら空いたで研究に勉強に身体作りに、やることは山程ある。
 ただ、研究にしろ勉強にしろ身体作りにしろ、基準値は大きく上回っているから、状況に応じて休み、ストレスはある程度以上はためないように気を配っていたのだが、Lがずっと傍にいるという生活自体がストレスの原因なので、どこに行こうと、何をしようと、どうにもならない。
 唯一自由になれる空間といえば、トイレとバスと就寝時。又は僕が出て行けといった場合の自室のみ。それにしても、Lが聞き耳をたてているのだろうと思うと、休まる気がしなかった。
「外出する」
「はぁ、どこに?」
「どこでもいいだろ。そろそろ春休みも終わりに近い。気晴らしに外にでる」
「分かりました。移動手段は?」
「駅までは車でいい」
「では、そのように」
 Lがごそっと尻ポケットから携帯無線を取り出し門衛に何事か伝えている間に窓を開けて外の空気を吸った。
 新鮮な空気が肺いっぱいに広がって、それで少し気分が落ち着く。
 Lの隣は甘い匂いが充満していて、それがまたいけない。
 甘いものはそう嫌いではないが、こうも四六時中砂糖の匂いが鼻をつくのは正直嫌気がさす。
 お陰でデザートを目にすると眉間に皺がよるようになった。Lと一緒にいるだけで大量の砂糖菓子を食べた気分になる。
「夜神くん、準備ができたそうです」
「分かった」
 窓を閉めて、Lの一歩先をいくようにする。こうする事で甘ったるい香りが少しは軽減できることを覚えた。
「で?どこに行かれるか決まりましたか?今なら桜が咲いていますけど」
「桜、ねぇ」
「人が多くて、それでも落ち着きたい場所がいいのなら、うってつけだと思いますが」
「………お前さぁ、そこまで分かってるんだったら僕が他に嫌がってることも分かるだろ?せめてお菓子を食べる量を減らそうとか思わないわけ?」
「私の原動力なので」
 さらりと答えられて月は嘆息した。
 まあ、いい。
 Lにはこの3日で月の仕事ぶりを、どれだけ素晴らしい人材なのかを、丹念にアピールしてやった。その上で一週間を待たずして解雇する名案があるのだから、と月は顔を上げた。
「桜は今度でいい。とりあえず、買い物にいくよ」
 今度と言っても、お前はいないけどね。

 月がLを試す計画を練り上げたのは、Lがボディーガードについた次の日のことだった。
 早くLを排除したい。
 そんな思いに駆られて、Lに知られないようにこっそりと今日の計画の準備をした。
「後は本屋に行くよ」
「お好きにどうぞ」
 家を出たLの風体は初日と代わることなく白い長袖とジーンズといった、軽装。本当にお前はボディーガードなのか、と問いたくなるくらいに。
 この分では試す事もなくクビにしても構わないのではないかと思ったが、月の身辺をかき回してくれたお礼に、どうにも一泡吹かせてやらないと気がすまない。
「竜崎は」
「はい」
 チラリと一歩ほど後ろを歩くLに顔を向けると、抜け目ない視線が月の表情を覗く。
 この目も嫌いだが、今日でお別れ。
 笑ってしまわないように気をつけながらゆっくりと差し障りの無い言葉を紡ぐ。
「どうして、こういうことをしようと思ったの」
 誰がどこで何を聞いているか分からない。『ボディーガード』という言葉に気をつけながら問うと、単純に「成り行きで」という簡潔な言葉が返ってくる。
(なる程?だから、成績的には優秀だとしてもこんなに体たらくなのか)
 納得しながら同時にそんなヤツが自分のボディーガードなんて100万年早い、と唇を歪めた。
「夜神くんは、なぜ?」
「あ、ああ。そうだな。興味があったっていうのと、人類の為になるかな、と思ってね」
 『どうだ、お前とは志が違うんだよ』と、心の内で吐いて、右手を緩慢な動作であげて、頭を掻くふりをしながら合図する。
 ピクリとLの視線が泳いで、ドキリとする。
「夜神くん―…、動かないで下さいよ!」
「え?」
 一瞬もうバレたのかと思って、冷や汗を掻いたが、次の瞬間Lが月を置いて走りだしたものだから、呆然とする。
 主人に危険が迫っているのを察知するどころか、その主人を置いていくとは―。
 間もなく煙幕と共に、月が頼んだボディーガードが月を浚う演出をする筈だ。
 それまで、その後姿を睨みつけていた所に、見つけてはいけないものを見た。
 粧裕付きのボディーガード。それが粧裕から離れた所で月に気をとられ、それから、しばしの間きょとんとLを視線で追っているのが分かった。
「あ、Lさん。おにいちゃー」
 ふと、友達と一緒に笑っていた粧裕が振り向いた。
「サユ、さー!」
 Lの声が響く。
 そこで、仕掛けを止めることが出来なかったのか、それとも粧裕を誘拐しようとした相手の仕業だったのか、ドン!と月と粧裕の間に煙幕が上がった。
「粧裕ッ!!!」


to be continued★


………………………
・あとがき・

2007.06.09 update


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