STAGE:1
【僕とボディーガード】#6



 動くな、と言われていたのに、煙幕の中走り出したのは、妹可愛さもあったけれど、恐らく自分のせいだと思ったからだ。


「粧裕っ!!!」
 辺りから悲鳴が上がる。日本も物騒な国になったものだ、と混乱した頭で思いながら視界の利かない道を人にぶつかりながら感に頼って走る。
『きゃあ』という粧裕の悲鳴は直ぐに掻き消えて、十数秒後には転がる一人の男と、今にも走り出そうとしている不審な車が目に入った。
「粧裕ッ!!」
 喉の奥からの叫び声。辺りを見回すと、プロともあろう者の、口を覆った女性ボディーガードの姿と、他人のバイクを奪っているLの姿が目に入った。
 瞬間、沸騰しそうな怒りを感じた。
 それは粧裕を守らなければならない女性ボディーガードに対してなのか、その女と何度か寝たことがあり今日の計画を手伝わせた自分に対してなのか。それとも、Lという月にとっての疫病神に対してなのか、その、この場に居合わせたどのボディーガードよりも優秀な彼を試そうとした自分に対してなのか、…それは分からず、歯を食いしばって、Lの方に走り寄った。
「邪魔です!」
 いつもののらりくらりとしたとぼけた様子はなりを潜め、Lが彼の後ろに跨ろうとした月に視線も向けずに鋭く言い放った。
「嫌だ!!」
 即座に飛び乗った月に対して、Lは逡巡する素振りも見せずに、舌打ちしただけでエンジンを吹かしアクセルを回した。強烈な音と共に、車を追ってバイクが急発進する。
「うわ!!!」
 その乱暴な発進に、月は思わず声をあげて、Lの背中にしがみ付く。
 背後で、騒ぎに声をあげている人々の声が置き去りにされた。
「…っ」
 適度に車の空いた道路は、格好のカーチェイスの場と化した。黒のワゴン形式の車がタイヤの悲鳴を上げさせながらLを撒こうと疾走する。
 ヘルメットをかぶっていない為に、息苦しさを感じながらLの乱雑な運転に振り落とされないようにしがみつく。
 あんなに嫌いだと思っていた相手に抱きついているのが、更に月の心を圧迫する。
 見た目よりもしっかりと鍛えられた体躯には驚いたが、その身体は年上なのにやはり細い。その腹に腕を回していると思うと、こんな緊急時にも関わらず抱きしめている感覚に陥って月を同様させる。
(くそっ、何考えてるんだよ…!!)
 今は妹を救出するのが第一で、その為に僕はLの背後に乗っているのだと言い聞かせ、月は風に嬲られて乾く目をしっかりと凝らして今にも事故を起こしそうに逃走する車を追いかける。
 追いつけそうで、追いつけない、距離。
 焦れた様子で縮まらない距離を視線で追っていた月は、しばらくして違和感に気付いた。
「なんでもっとスピードを上げないんだ!!」
 小回りが利くこちらの方が車の間を縫うのに長けているはずで、馬力的にもLの奪ったバイクは申し分ない。
 だから、これは縮まらないのではなく、Lが縮めていないのだと察して、バイクを走らせているLに聞こえるように焦燥も含めて背後から怒鳴る。
「追いつけるんだろ!?」
「追いついて、どうするつもりですか」
 Lの揺れない声を走り抜ける風の中から拾って、眉間に皺を寄せる。
「車を止めるに決まっているだろ!?」
「どうやって止める気ですか?無理に止めれば大惨事。車にはサユさんも乗っているんですよ?」
「………じゃあ、どうやって粧裕を助けだすんだ!!まさかこのままずっと付回すだけなのか!?何か手は無いのか!?それでもボディーガードなのか!!」
 この時、焦りに駆られて自分の置かれている立場を上手く把握出来なかったのだと思う。
 いち早く気付いたLを事もあろうに詰った月に、Lが嘆息気味に息を吐いたのが、背中越しの息遣いで分かった。
「こういう場合の対処法がないわけではありませんが、今はこれが最善です。私が離れて追っている以上、逃げるのに精一杯で早まって粧裕さんに手をかけたりはしないでしょう。それに私にはボディーガードとしての発信機がついてます。後は上手くやってくれるはず」
 その息遣いと台詞に、月はハッと自分の過ちを悟った。
(僕が後ろにさえ乗っていなければ、竜崎はもっと別の方法をとれたんだ…)
 その事実は、2重3重に月を苦しめた。
(僕のせいだ)
 ギリッと奥歯を噛み締め、月はLの背中に額を強く押し付けて目を閉じる。
 身を切るような風が月の身体を冷やしていった。


to be continued★


………………………
・あとがき・
もっとバイクでのあれこれを書いてみたかったのですが〜…無理でした!無念っ!!

2007.06.13 update


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