これは、誰だ?


【ひぐらしの鳴く朝】


真っ黒な髪の毛と、お揃いの印象的な黒い目、男にしてはやけに目立つ紅をひいたような唇も、記憶の通りだった。
だが、まるで、違う。
「竜崎は夜神と面識があるとか、丁度学級委員だし、学校の事は夜神、佐藤、クラスの皆もよく教えてやってくれ」
「こちらの事はよく分からないものですから、宜しくお願いいたします」
えるが頭を下げて、クラスに歓迎の拍手が鳴る。
「席はそうだな、佐藤の後ろ、夜神の隣りがいいだろうな。お前らちょっとずれて座ってくれ」
ばらばらと月の周辺が騒がしく動き、担任に促されたえるが「有難う御座います」と会釈して近付いた。
斜め前の席の佐藤が「宜しくね!」と気軽に挨拶し、えるもにこやかにそれに答えていた。
そのえるの視線が真っ直ぐに月に向いた。
「月くんも宜しくお願いします。…お久しぶりですね」
控えめな笑顔、これも記憶のえると一致はするが…。
「…お前、男じゃ無かったのか?」
あまりにも、混乱していた為、迂闊に口が滑った。
えるの目が驚きに、まん丸に開かれる。
そして周囲も驚愕の言葉に息を呑んだ。
時間にして数秒、空白が流れた。月が後悔するには長すぎる時間で、どうフォローしたものかと思案し始めた所、えるが口を開いた。
「まったく、とんだ挨拶ですね。確かにあの頃の私はやんちゃでしたけれど!クラスの皆に溶け込めるように、との冗談でしょうがもう少し他に無かったんですか?これでは私のあだ名は転校初日からおかま竜崎です」
少し怒ったような竜崎の顔。そっぽを向いて、はぶてているぞ、とアピールして見せる姿に、クラスがどっと笑う。
その中でえるの目線だけが、酷く静かに月に向けられて、月はにこやかに笑った。
「でも、本当にあの頃の竜崎は男顔負けのやんちゃっぷりだったからね」
「まあ、失礼な」
えるがそう返して、クラスの皆がまぜ返す。
少ししてそれを担任が収めて、穏やかにホームルームは進み、そして直ぐに初日は終了となった。
どうしても外せない家の用事があるという佐藤が「校内案内は任せた!」と月に言って来て、好奇心旺盛な学友もそれぞれ帰って行った。
月は軽そうな学生鞄を両手で抱えたえるを見てから、「じゃあ一通り案内するよ」と促した。
誰もいない廊下、きっとこんな風に案内するのだろうな、と思い、逢っていなかった間に降り積もった話したい事をあれこれと考えていたにも拘わらず、唇にそういった類の話題が一向に口に乗らない。
「…怒ってるのか」
「………、少し」
多少の沈黙の後、えるが簡潔に答えた。
「確かに私は着る服もTシャツにジーンズでしたし、運動神経も抜群、頭脳明晰、月くんにだって負けない秀才っぷりでしたけど…」
「…お前ね」
「月くんのおばあさま、いつも私の事を『えるちゃん』とおっしゃっておられたのに…」
「悪かったよ…」
月が口ごもりながら、謝る。確かに、そうだった。
それに、えるは軽い溜め息をついてから口角を上げた。
「まあいいです、許しましょう。…ここの近くにある餡蜜スペシャルを奢ってくれるのであれば」


続く


……………………
あとがき
何気ない会話の応酬とか、好きなんですが…応酬してねぇ
しかもやっぱり進まないですね…
2006.09.10


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