やっぱり『える』は『える』以外の何者でも無いのだと思った。
例え外見が変わったとしても。

【ひぐらしの鳴く朝】


「月くん!こっちです」
学校帰りのより道は許されていない。一度お互い家に帰って昼食を取ってから駅前で落ち合う事になった。
月が約束に間に合うよう、五分前に駅前にやって来ると、既にえるは到着していて、月に向かって手を振った。
「…」
薄い青のツーピースという清楚な出で立ち。
ひらひらと風に誘われるスカートの裾のように、月の心も揺れる。
「待たせたみたいだね、竜崎」
「いいえ。今着いたばかりですから」
にこりと笑ってえるは雑誌の切り抜きを寄せ集めた、『スウィートセレクション100』と銘されたスクラップブックの1ページ目、上部の記事を指した。
「ここです、ここに行きたいんです」
甘い物好きは相変わらず変わっていないらしい。
月はえるの指す記事の住所を確認してから「ん」と頷いた。
「じゃあ行こうか」
「はいvV」
月がさっと一足先に歩くのをえるが嬉しそうな顔で続く。
「…さすがに昔みたいな服じゃ無いんだね」
あの姿だったら、この違和感を少しくらい消してくれるのでは無いかと思ったのだが、どうも別人のように思えて視線を合わせないようにして聞く。
えるはそれに「ああ」と呟いてベロといつもの奇妙な手つきでスカートの裾を持ち上げた。
「ワタリの趣味です」
「ワタリ?」
「私の祖父のお友達です。キルシュ・ワイミー・ワタリ。今の私の保護者です」
「…お爺さんは…、」
「春に」
「そうか」
「はい」
短いやり取りの後、月はえるの祖父の姿を思い出す。
優しそうなお爺さんだった。
考えてみれば、えるが年老いた祖父を残して東京に出てくるわけが無い。
月がどう声をかけるべきかと思いあぐねている間に、えるが話題をさっと戻した。
「その祖父の友人…年はワタリの方が若いんですが、その方の趣味なんです。背筋も矯正されました。とっても厳しいんですよ。その分とても優しいですけど」
「…いい人、なんだね」
「ええ。最近は着る服までは何も言わなかったのでいつもの格好で来ようと思ったのですが、止められまして…」
それを聞いて、月は少しだけ気を緩めた。
「スカートは苦手です。そこまで動き難いわけではありませんが、…苦手です」
はぁ、と溜め息を吐いてスカートの裾を降ろす。
ミュールの足元も歩きにくそうだ。
思わず笑ってしまった月に、えるが鋭い眼光で睨む。
「…月くんも一度吐いてみればいいんです」
恨めしそうな声音に、月は更に笑う。
えるは元から頭がいい。…そう、月自身と張るぐらいに。
例えスカートを穿く、女だったとしても、月を困らせるような事にはならないだろう。今まで通り、気のあう、いい刺激を与えあう友人であり続けられるだろう。
そう思って、肩の力が抜けた月の背後で唐突に悲鳴が上がった。
「私の鞄…!」
ばっ!と二人して振り返る。人混みの中のから犯人を探す。
「…いた!こっちに来ます!」
先に発見したのはえるの方だった。
目を細めて凝視すると、月の目にも犯人が映った。
犯人を捕まえるべく、場所を移動しようと思った瞬間、犯人を捕らえた視界の中にえるの背中が見えた。
「Σ………!!?」
手を伸ばしても最早到底届く筈も無い。
犯人は帽子を目深に被った成人に近いと思われる痩身の男。だが、中学生でしかも女のえるが敵う相手ではない。
「えるッ!」
思わず制止の声を上げた。
犯人も気付いたらしいが、年若い女の子などそのまま吹っ飛ばすつもりらしい。
「やめー…っ」
せめて、突き飛ばされたえるを抱き止める為に走りだす。
もう少し、という所で、光に透けて白く見えるスカートが翻った。
捲れ上がったスカートから白いしなやかな足が伸び上がりー…

パグゥ!

小気味よい音と共に、えるの足技が華麗に男の顎を捉えた。
男がふらあ〜と背中から倒れる。
「……」
周囲が唖然としてえるを見る中、える本人はケロッとした顔で、犯人の抱えたバッグを取り上げた。
それを被害者に渡してからくるりと月を振り返る。
「やりましたよ!月くん!」
その笑顔にやっぱり『える』は『える』だと確認すると同時に…
(…もう少しくらい変わってた方が良かったかも…)
と月は思った。


続く〜


…………………

える子、書くのが楽し過ぎます!
というか、えるの格好いい姿が大好きです。
可愛い姿も艶っぽいのも大好きです。
ワタリの名前も捏造しまくり。

ふふふ(腐)
20060910


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