えるの事を考えてみる。
えるは僕が認めるくらいに頭の回転が良いし、勘も鋭い。
しかし、自分の事となると、多少鈍くなる。でもまああれは、鈍いというよりも、単に自分に対して関心が無いのだと思われた。
だから特に男勝りというワケでも無い。僕と同じで合理的なものが好きなだけ。


【ひぐらしの鳴く朝】


月がテニス部を選んだ理由はただ好きだからという事では無い。
将来、父のような刑事になる為の、基礎体力を養う為のものだ。
だったら運動部ならどこでもいいように思えるが、団体競技では確実に結果が残せるとは限らないし、他人に足を引っ張られるのは我慢ならない。
見目も良く、総合的に考えた結果、テニス部に所属する事にしたのだ。
その考えを、えるにまで押し付けるつもりは無かった。
ただ、他に興味があるものが無いのなら、同じ部活にした方が時間が合わせやすいと思っただけ。
えると一緒にいるのは心地よい。知的好奇心が上手い具合に埋められるからだ。
今となっては彼氏彼女としてのカモフラージュ、との目的と噛み合って一石二鳥となっただけで、級友の言う、小説で読む、甘酸っぱい、もしくは情熱的な気持ちなんて、一欠片さえ無い。
それはえるとて、同じ筈。
だからこそ、月が差し出したスコートを何の疑問も無く、穿いたりしたのだ。
月がえるに恋愛感情を持っておらず、性的興味すら皆無だという事を知っていたからこそ…。
(…いや、むしろ。僕がえるが女である事に拒否感を持っているのを知っているから…か)
えるが『月くん』という呼び方から『夜神くん』に一度変えた事から見ても明白だ。
(だから、特に何も思わなかったんだろうけど…)
性的関心が殆ど無い月にとってさえ、今の光景にはキツいものを感じる。
先程、グリップの握り方、腕の振り方を教える為に、体を密着させたのも悪い要因だった。
月に迫る女達は、背伸びをして合わない香水や、キツい香水。そうで無くとも、汗の匂いを気にして付けた制汗デオドラントをプンプンさせていた。香りが鼻について仕方がない。恐らく単体ならば、良い香りなのだと思うが、同じ個室で複数名が違う物を使っている為に匂いが混じってとても我慢出来ないとさえ思った事さえあった。
その点、先程のえるからは、清潔そうな石鹸の匂いしかしなくて…。
(今まであまり考えてなかったけど…)
よく考えたら、えるが寧ろ女で良かったのかもしれない、と思う。
お互いにこれからも恋愛感情に発展するとは思えないが、そんなものは無くとも一緒にいる事は出来る。
幾ら想像して見ても、月が誰かを好きになるとは思えず、しかし大人になれば、結婚する事を到底避けられるとも思えなかった。
(だったら、えるを彼女にした事は長い目的に見ても良い事だったのかもしれない)
二人が一緒にいる事は、一時の風避け以上の素晴らしい意味がある。
「やっぱり、えるは感覚を掴むのが早いね」
長いラリーの末、月は軽く額の汗を拭いながらえるに笑いかけた。
「そうですか?」
「うん。もう基本的な打ち方はいいと思う。今からサーブの打ち方を説明するよ、とりあえず見てて」
「解りました」
月は同じく汗を拭うえるを見ながら、「夜神のサーブは取り難い」と言われた自慢のサーブを披露する。それからえるのいるコートに移り、基本的な打ち方を説明した。
「テニスも面白いですね」
と、入部試験なんてどこ行く風で笑って見せるえるに、月も笑みを返す。
こういう所も嫌いじゃ無い。
月はえるの全ての顔を知っている。
ノーマルな無表情も、楽しそうな顔も、怒った顔も、嬉しそうな顔も、悲しそうな顔も。…ただ泣き顔は見た事は無いが、月だって泣いた事など無いから、えるが無くともおかしくは無い。
だったら全ての顔を知っていると言っても過言では無いだろう。
スパン!とえるのサーブが決まる。
「うん、いいと思うよ。でも手の向きをー…」
背後からえるの体に手を廻した。汗ばんだ肌に密着したが、嫌悪感は無かった。
「…!」
次の瞬間、えるの体がぎこちなく強張り、月自身も瞬間動きを止めた。
汗ばんだ肌の感覚とは別に、湿った布が月の素足に触れた。


セカンド・ステージ


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会話が無い…! dataup2006.10.05


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