失敗した。
6時限目が始まる直前、滑り込んだえるを見てそう思った。


【ひぐらしの鳴く朝】


せめて5限が終了した時に様子を見に行っていれば…そう思ったが後の祭りだ。
(まあ…行けない理由があったんだけど…)
おあつらえ向きにベッドなんてある場所、行くなんて自殺行為だ。…まだ、月は色々とくすぶっている。
えるが「大丈夫?」と声をかけられながら椅子に座った。
(ッチ…)
それを追って幾つかの男子生徒の視線が移動する。
一時間も経つというのに、月すらまだくすぶっている。お互いを思い浮かべてしまえば尚更落ちつかせる事は容易ではないといえよう。
(…勘付かれたか…)
えるを追って行った中の、更に幾つかの視線が月に向けられて、少しだけ迷う。
どちらかと言えば、女としての成長の薄いえるが、そういった類いの視線を集める事はまず無い筈だった。
むしろ、この年齢で思わずはっとするような色気がある事自体が稀なのだ。
だが、えるはまだ余韻を引きずっている。
どこか所在無げに脚を擦り寄せたり、唇に触れてみたり、耳元を隠してみたり、そういった行動や雰囲気は見るものが見れば、思わず喉を鳴らしてしまいたくなるだろう。
(仕方ない…か)
そしてそれに気付いた該当者の中の、更に幾人かの視線を集めた月は、意味あり気に口元を覆って視線を逸らして見せた。
別れた、との噂のすぐ後だ。えるの相手が月以外の誰かだと思われるのは腹が立つ。更にチャンスかもしれないなどと思われるのは癪だ。
(えるをこんな風に出来るのは僕だけなんだよ)
外見は照れを隠した風を装い、心の中でだけ横柄に呟いて、すぐに始まった授業に望む。
終業のベルが鳴って、号令が終わったと同時にえるの元に向かった。
「える」
「…何ですか」
「今日、部活出たりしないよね?」
「…いえ…出来れば出よう」
「休め」
「……」
えるの言葉半ばで遮って命令する月に、えるが不信そうな視線を寄越す。
「いいから休んで」
月の思いを計りかねるような目線に月は苦笑する。
えるは優秀だが、こういった方面はどうやらからきしなようだ。
特に自分に向けられる思いには無頓着。
今も大量の視線が注がれている真意など理解していないだろう。
月はおもむろにえるの耳元に囁きかけた。
「今度の日曜、何か奢るから…」
そっと顔を離して、「ね」と笑いかける。 えるの怒りの含んだ表情に、熱を加速させるように仕向けた月はまた苦笑した。
これで部活には出たくても出れまい。
(仕返しが怖い、ね)

続く!


…………………

えるたんは自分に無頓着ですよね…必要のない限り…!(ほら、意図して月くんを誘おうとか思わない限りは!(笑))
dataup2006.11.29


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