「それは一階の展示ルーム、アドバルーン機材の準備の事は了解しました。後は生徒会が行うのでそのままで」


【ひぐらしの鳴く前に】


「…何でこんなに忙しいかな」
「それは仕方ない事でしょう。姉妹校と一緒の学園祭は今回が初めてなんですから」
「…お前は、僕と一緒にいられなくて寂しいとか思ったりしないの?」
「月くんはどうなんです?」
「僕が先に聞いたんだけど」
「…どうでしょうね?」
こんな風に聞かれると、そらっとぼけて見せるのはえるの悪い癖だ。
「『どうでしょうね』…って、もういい」
短気な月はすぐにヘソを曲げる。だが、月ばかりがえるの手の内を聞こうとするのも悪いのだ。
「夜神ー!」
「今行く!」
遠くから声が聞こえて、月が腰を上げる。
えるは荷解きの作業を中断して月の手を取った。
(もう、すぐに拗ねるんですから…)
先に惚れた方が負けというが…負けるのは性に合わない。だが、こんな些細なやりとりは負けになりはしないだろう。
「……」
何、といわんばかりの月の手にきゅっと力を込める。控えめにしか出来ないが先程の答えの代わりに微笑みかけた。それに月は半眼にした目をちょっとだけ逸らしてから顔を寄せて来る。
「ちょ…それは」
今いるのは階段の踊り場で、偶然人は少ないが危ないったらありゃしない。
「竜崎」
「!」
案の定、唇が掠めた瞬間、死角から声がした。
「はい…!」
月が小さく舌打ちして影から現れた会長に素知らぬ風に会釈して去って行った。
「作業は」
「半分終わった所です」
「そうか。人手が足りないな、少し手伝おう」
今期生徒会長に就任した魅上照は、二学年の秀才だが愛想はよく無い。
淡々とした様子が苦手だとよく聞くが、えるも愛想はよく無い方なのでさして気にならず、「助かります」と礼を言って黙々と作業に取り組む。
「…お前の事を」
「?」
魅上が作業中に口を開くのは珍しいので、思わず顔をあげる。
「私は随分と買っている。夜神月もだ」
「…」
だが魅上が視線を上げなかったので、えるもまた視線を指先に戻した。
「夜神が好きか」
付き合っているのは周知の事実。しかも今のタイミングで切り出す内容といえばそれしか無い。
「はい」
二人の関係については幾つかの憶測が飛び交っているらしい。
中には許嫁だから仕方なく、というものさえある。
「…生徒会役員は生徒の手本だ」
「はい」
「今すぐ別れろ」
静かに命令されて、作業の手を止め顔をあげた。
「己を律する事の出来ない者に資格は無い」
やはり今のキスシーン(未遂だったが)を見られたのだと、えるは微かに眉間に力を入れた。
規律にうるさく、元から融通の利かない魅上が、こういった類のシーンを見れば『別れろ』と言っても何らおかしくはない。
「……」
「お前ならば分かるだろう」
「……」
だが、魅上の言っている事は正論だ。それが耳に痛い。
「私は夜神月を誰よりも買っている。お前よりも」
「……」
「一時の感情で夜神の将来を潰す気か?」
「嫌です」
えるの強い声にやっと魅上が顔をあげた。
「何?」
「確かに悪いのは私達です。軽率だと、分かっていて、そのままに。ですが、それはしたくありません。…努力、します」
厳しい表情のえるを、魅上は冷たく鼻で笑う。
「…これだから女は。いくら秀才だろうと感情論だ。私には幾らお前が我慢強いと言っても突き通せるとは思えない。あんな痴態を晒すくらいだからな」
「!?」
「地下とはいえ漏れ聞こえていたぞ。しかも、戸を開けても気付かない始末」
薄く嘲笑われて、えるは思わず真っ赤になる所だった。
「好きなどとはいい迷惑だ。恋や愛は堕落に繋がる。夜神程の男を思い通りに誘うとは少し意外だが…お前の存在は害だ」
「…どういう意味です」
「言葉通り。まあ性衝動を抑えられない夜神も悪いが、その道に引きずりこんだお前の罪深さはその比では無い。男女が付き合い一緒にいる事自体がこの年齢では悪だが、幼なじみを利用してー」
「黙って下さい」
機械のような精密さで言葉を並び立てる魅上の口上を強く遮る。
「それは聞き捨てなりません」
それを不快そうに魅上が見返した。
「確かにこの年齢でそういった行為を行うのは…悪いと言っていいでしょう。責任もとれず、成長途中の体にも有害と言っていいかもしれません。ですからその点については、反論出来ませんし、別れろと言う言葉も妥当だと思います。ですが、好きだからです。愛や恋は堕落に繋がると言われても、今の私には否定出来ません。ですが、まるで私の一方通行で彼の衝動に付け込んで行為を行ったと思われるのは我慢なりません。確かに、私の方が気持ちが強いかもしれませんが、月くんも…。ですから、努力する機会が欲しいのです」
「成る程」
眉一つ動かさず、魅上が口を開いた。
「やはり、今すぐに別れろ。それは、お前の思い違いだ」



…………………
■あとがき
やっとこ魅上さん、登場〜!
何ていうか、魅上は書いてて結構面白いなあと思いました。この変な角度に真っ直ぐ伸びているこの方…!(笑)
照Lになりますといいつつ、何故か月を奪う展開…ぽく見えます…が、即座に照Lです(笑)
dataup2006.12.27


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