「…そうですか」 【ひぐらしの鳴く前に】 「それは…」 「魅上会長」 喉に詰まった石を飲み下し、辛うじて押し出した声を他の誰かに遮られる。 「高田…夜神、話は終わったのか」 「ええ、夜神くんは私とお付き合いしてくれると仰ってくれました。…そちらが、竜崎さん?」 格好の良い唇がキュッと上がった。 高田清美。 この度合同で学園祭を行う事になった兄弟校の会長。才色兼備と謳われて、事実頭も良いし、スポーツもでき、人当たりもよく、と各方面で優秀だ。 その彼女の品定めするような目線よりも、言葉の内容にショックを受けた。 思わず息を飲んで、信じられない思いで月を見やると、眉間に皺を寄せているだけで、えると視線をあわせようともしない。 「それでそちらは?」 「まだ途中だ」 「そうなの。では今日くらいはお二人で帰してあげたらどうかしら?最後くらい良いでしょう」 やけに『最後』を強調した台詞が耳を掠ったが、少しも頭に入らずに、えるは月から視線を逸らせずにいた。 月の一挙一動が、えるに大きな衝撃を与える。気になって仕方がなくて、食い入るように月だけを視界に納める。 「…夜神、もう一度聞くが、竜崎に恋をしているという意味で好きなのか?」 魅上の言葉が、えるの停止した思考の中に微かに動きを与えた。 今、聞きたくて仕方が無い答え。 疑ってなど、いなかった。 鼓動の早さは一緒だと。だから、この気持ち地も一緒なのだと信じさせて欲しかった。 …視線さえ逢わない、今でさえも。 月の唇が、ゆっくり、開く。 「いえ、違います」 「…どういう事ですか…」 二人きりになって、少しして、漸くえるは悄然とした問いかけを唇に乗せた。 やはり視線を合わせない月が背中を向けたまま、鼻で溜息をついて口を開いた。 「…魅上は僕達が付き合っている事をよく思ってなかったらしい。あと、噂も。…それで、2週間くらい前に言われた。『こんな噂を流されるのは不利益になるから別れろ』ってね」 「それで」 「嫌だと答えたら好きなのかと聞かれたから『そうだ』と言ったら…恋だの愛だのは人を堕落させる…なんて言うから…そんな事は無い、恋とか愛とかそういうのでは無い、だから成績も落としたりして無いだろうって言ってやったんだよ。そうだろ?えるも僕も他の事を何一つ疎かにした事は無い」 苛立っているのかツラツラと月が吐き出す。 「『分かった』って言った癖にどうやらわざと二人っきりにさせて、後をつけてやがった…。…それで今日のアレ。確かに僕らに非があるかもしれないが…える?」 足が止まってしまったえるに月が数歩先で気がついた。 足早についていく事を止めたえるを、月がようやく、振り返る。 「ごめん、える。もう少し気をつけていれば…。高田と付き合うって言っても休日にはお前に会おうと思えば会えるし、えるには魅上が付き合ってるって事にするらしいから他のヤツからアプローチされる事も無いよ。これからはー…」 ドクドクと心臓の音だけがやけに大きく聞こえて、えるはただの心臓になってしまったように思った。 月が何を言っているのか分からない。 (…本当に、私の勘違いだったのですか…?それとも、恋や愛ではないと言われたから、好きという言葉に満足出来ない、私に問題があるのですか?でも、その『好き』は…、私は…、私は―…) 「…える?お前、顔色が悪いぞ、…大丈夫か?ああ、お前は特にショックだったよね。あんな所見られてー」 気遣わしげな月の表情は多分本当だ。そこまでして、何故こんなに酷い事をいうのだろうか。 「…月くんは、私の事を何だと思ってるんですか…」 「…え?」 「それは最初は成り行きだったかもしれません。でも、準備室で『失いたくない』と言ってくれたから…、月くんの言動に、月くんが私にむける思いは、私と同じだと思ったから…、私は…」 「える、何を言ってるんだ?お前の言う通り、僕らの気持ちは一緒だろ?僕は…」 本気で戸惑った様子が胸に痛い。 よくも弄んでくれたものだと、頬の一つでも張り飛ばせた方がきっと楽だ。 「いいえ、違います。違います…。けして同じではありません。…もしかしたら、同じになる日も来るのかもしれませんが…、今の私には到底待つ事など出来ません…」 そっと優しく頬に添えられる、暖かい手を下ろさせる。 「…確かに、魅上会長のいう事は当たっています。これ以上一緒にいない方が身の為です。これで終わりにしましょう、月くん」 「何、…バカな事を…」 さっと強張った、幾分怒りを含んだ表情を浮かべる月に、えるは疲れきって笑う。 「高田さん、綺麗な方でした。相手方の会長を勤められるくらいに優秀な方ですし、きちんと付き合ってみては如何ですか」 「…本気で言ってるのか。僕が高田とお前みたいな関係になっても、それでもいいって言うのか?お前が今言ってるのは、そういう事なんだろ…」 押し殺した獰猛な声は、もうえるの心を暖かくはしない。 えるは「ええ」と微笑んで、えるより少しだけ高い月を見上げる。 「そういう事です。だって…どうであれ、付き合うと言う事はそういう意味を含んでいるんです。何を今更私の言葉に腹を立てているんですか?魅上会長はともかく、高田さんはそのつもりでしょう。カモフラージュだろうがキスぐらいはなさるのでは?その手で私に触れるつもりですか?」 「…けど」 存外冷たい声になったと思った。 指先まで心臓から凍えるように冷たくて、ちょっとでも動かせばパリン、と乾いた音を立てて壊れてしまいそうだと思うのに、月を突き放すための言葉はすらすらと滑らかに紡ぎ出た。 頭の端で人間というのは不思議なものだと思う。 自分の半分みたいに思って、恋焦がれて、抱き合っても、何ひとつ伝わらないのと一緒ベクトルで、これだけ打ちのめされても、心が壊れてしまっても、こんなに理論的に物事を考えられ、平静を保って伝えられるものだとは。 「…………」 「仕方ないじゃないか…」 その言葉に、えるは瞑目する。 これ以上は耐えられない。 「…それでは」 くるっと踵を返して、月に背を向ける。 ずっと見つめ続けて来た姿を失って初めて、怒涛の如くやりきれない想いが押し寄せてくる。 (言葉を惜しまず好きだと言えば良かった…っ 推測で物を考えず、もっときちんと。 ても、それでも伝わったか分からない、 いえ…、多分伝わらない…っ、 寧ろ、言葉にして伝えれば、月くんは、きっと私の気持ちを切り捨ててしまう―… ああ、それに、幾ら考えたところで、 …もう…遅い…――) 思った瞬間、涙が零れた。 下らないプライドだが、泣いているのだけは見られたくなくて走り出す。 「ちょっ、える!!まだ納得…」 素早い手が追って来て、強く引き寄せられた。 パタパタと涙が散って落ちる。 呆然とした月の手を振り払って、また走りだした。 今度は追って来なかった。 ………………… ■あとがき 年末最後のアップがこれかよ!!!!! 本当にすみません…ごめんなさい…。 来年も宜しくおねがい…します!(どの面を下げて…) dataup2006.12.31 next→ …………………… [0]TOP-Mobile- |