これで良かったのだと、いい聞かせる他に選択の余地は無い。


【ひぐらしの鳴く前に】


あれから、月とは目を合わせないように気を配った。
時折背中に感じる視線すら一切無視して、毎日を過ごす。
深く考えないように努力しないと辛くて仕方がない。
級友にどうしたのだ、と聞かれても、平気そうに答えるにはそうするしか無かった。

「…集中力が落ちているぞ」
潔癖症の魅上に付き合う形で毎朝駆り出されるのが日課となったある日の早朝。えるはゆっくりとその手を止めた。
「…すみません。少し、気分転換に行って来ます」
文化祭が近づくにつれて、高田と月を校内で見掛ける事が多くなった。
いくら気に留めないようにと思っても、二人が仲睦まじく歩いているのを見掛ければ、否応なく傷が膿む。
かさぶたさえ出来ていない傷口に、塩でも擦りつけられたかのような感覚だとえるは思った。
手放してみて、一層想いは強くなった。自分がこんなに嫉妬深いのだと思いもしなかった。
ゆっくり、ゆっくりと息を吸う。気持ちを落ち着けてからトイレを出た。
「…何だこれは」
「何ってコーヒーです」
肌寒い朝に仄かな珈琲の薫り。
別におかしな事では無いが、中学の生徒会室ではおかしいと言って良い。
「何故お前は決まりを守れないんだ」
不機嫌が極限に近いのか、壮絶なしかめっ面にえるは飄々と口を開く。
「固い事を言わないで下さい。始業時間には程遠いのですし、これくらい罰は当たりません。それに当直の先生の許可は得ました。…まあ他の役員の方々には秘密という条件付きですけど」
「今すぐ返して来い」
「嫌ですよ勿体無い。それに疲れている時は甘いものが一番なんです」
更に険しい顔を作る魅上を相手にせず、えるは一気に5本の砂糖を投入する。
「…入れ過ぎだ」
「少ないくらいです」
「…お前とはどうも反りが合わない」
「そうですか?私は別に何とも思いませんが。…あったまります」
コーヒーを一口、えるは息を吐く。
「それが手法か…」
「…は?」
「損益を説いて効率をチラつかせるのが手法かと言っている」
いかにも潔癖症で偏屈な魅上らしい言い分に、えるは脱力しながら横目で魅上を見やる。
「そこまで詳しく考えているわけでは…。会長は物事を深く、四角四面に考え過ぎです。いつか疲れて参ってしまいますよ。たまには肩の力、少しは抜いたらどうですか」
「そんな鍛えかたはしていない」
「…本当に頑固ですね…。私には今でも充分疲れているように見えますけど。たまには感情的に動いてみないと分からない事もあるのでは無いですか?ほら、早くしないと折角のコーヒーが冷めますよ」
「………」
えるはため息をついてスティックシュガーに手を伸ばす。
「砂糖、5本で宜しいですね?」
「何を言っている。1本だ」



…………………
■あとがき
魅上とLの掛け合い(?)は書いていてとても楽しいです、水野です。
本誌では一度も会話すら(『すら』というか…)していない二人ですが、照×L、結構好きでして…。
月もそうなんですけど、こう、強固な壁がちょっとづつ崩されていくのが好きです(私の場合すぐに崩れてしまいますが…)
気がつけばL総受けの道にまっしぐらです…と今更気付きました(笑)
dataup2007.01.07


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