『私の夢はこの国を変えること』 そういって私を組み敷いた魅上の言葉がぐるぐるとまわる。 疲労で頭がぼぅっとした。 【ひぐらしの鳴く前に】 熱がある。 それでも重たい体を引きずって学校に来たのは、自分の部屋に魅上を入れたく無いからだ。 えるが具合が悪いからと学校を休めば、恐らくワタリも仕事を休むだろう。だが、学校の生徒会長の見舞いを受ければ、忙しいワタリは少しだけと家を留守にしてもおかしくは無い。 魅上はそんなに甘い男では無い、とえるは思う。月も自分本位な所や強引な所はあるが、病人のえるに手をだしたりすまい。しかし魅上は違う。自分の野望の為だったらまずは体の征服が先だと十中八句手を出してくるに違いない。 普段は規律でがんじがらめだから、箍（タガ）が外れた時が一層恐ろしい。 あの魅上が自らを縛り上げている理性を放り捨てたのだ。『愛している』のだと言われた今、下手な行動はできない。 それを阻止する為にワタリに魅上を通さないでくれと頼むのは容易だが、恐らく理由を聞かれるだろう。それは不味い。それにワタリに体調に異変がある事を気付かれるのも困るのだ。 容赦なくつけられた鬱血の痕は昨日確認した所では全身に満遍なくつけられている。 洋服に隠れにない所にまでついているので、仕方なく昨日の晩は化粧道具を買いに行った。絆創膏では目立ち過ぎる。 「大丈夫か」 「……大丈夫です」 学校に登校してから一時間。気合で行動してはいたが、魅上に感づかれて低く返事をした。 「保健室に行って来るといい」 「大丈夫です」 保健室など危険過ぎて行けるわけが無い。 浮いた噂の一つ、むしろ冷徹で有名な生徒会長など危険人物以外の何者でも無い。えると付き合っているという噂は、ただ単純に有能だから側に置いているのだと皆が疑いももたずに思っているくらいだ。それはつまり付き合っているとは言わない。 生徒の規範であろうとする魅上だから、生徒会室はまだ安全だと思えるが、保健室は何がきっかけで暴走するか分からない。 もし、魅上が様子を見に来て、戻るのが遅くなったとしても、生徒の誰もが疑問に思わないだろう、それが怖い。 いや、感の良い月に感づかれるのが怖いのだ。本当は。 (とんだ人に目をつけられたものですね…) 気だるい体で踏ん張って、片付けの指令を出す為に生徒会室と教室を往復する。 「…える」 その間の廊下で控えめに声がかけられて、ぴたりと止まる。 今までずっと目線すらすべて無視して来た。だから月も声をかけてこなかったが、見かねて声をかけてきて、胸が温かくなるのと同時に頭痛が酷くなった。 「お前、本当に具合悪そうだぞ…。忙しいとはいえ、休んだって構いやしない。せめて保健室で…」 「っ…！」 掴まれた手の冷たさに思わずえるは月を振り払った。 自分の熱が高いだけだが、月の手の冷たさが、えるに向けられた思いのようで耐えられ無かったのだ。 自分だって合意では無いとはいえ月以外の人間と交わった癖に、月のそれはどうしても許せなかった。 「一人で行けます。申し訳ありませんが皆さんには伝えておいて下さい」 過度の懊悩、煩悶で既に家に帰る気力さえ残っておらず、傷ついたような月を置いて保健室に向かった。 保険医は出払っていたので空いたベットを無断で拝借した。ひんやりした無機物が気持ちよくてうつらうつらとする。 夢現に中で髪を梳かれる感触に呼吸を合わせた。 目を閉じたまま、その手に触れる。 唇を覆われて、涙を零す。 「……、」 「何だ」 「胸が苦しいのです。どうして、何故こんなにも…」 瞼を持ち上げると、そこにはえるを『愛してる』のだと言った男の顔がある。 つうっと目尻を流れる涙を指の腹で拭われた。 「…もう忘れろ」 思いの他優しい口付けを、えるは少しだけ受け入れた。 ………………… ■あとがき えるの思っている事は結構アタリだったりするけど、照もちゃんとえるの事を理解してくれているといいな〜と妄想（笑） そして、今回は久しぶりにえると月くんの会話、入りましたああああ！！（２・３ことですが…！！！） 月くんの心情は後半になって入ってくる予定ですが…まだ８話は先ですね…（汗） 会話のみはもう少しはやくて、５話先くらいですね！ dataup2007.01.21 next→ …………………… [0]TOP-Mobile-