近くにいるのに放っておけるはずがない。 【ひぐらしの鳴く前に】 授業中、ふと窓の外に視線を遣って、えるはハッと目を見開いた。 目の奥に焼きついて離れない見慣れた後ろ姿が視界に映って、思わずガタンと席を立つ。 「どうした、竜崎」 「…え、と。すみません！ちょっと保健室に行って来ます！」 突如立ち上がったえるに、黒板に向かってチョークを走らせていた教師が瞬きしながら振り返るのに、とても保健室に行くようには見えない勢いで言い置いて、教室を飛び出した。周囲に何事かと気付かれないように、足音を立てないように階段を駆け降りる。 昇降口に降りた時にはもう月の姿は見えず、急いで靴に履き替えて駆けだした。 （どう考えても、最近の月くんの様子は…） 昔から、横暴なところもえるには隠す人ではなかったから、人当たりの良い笑顔を『処世術』だと言ってしまうような人だったけれど、それでも冷たい笑みの元、『下手な別れ方はしていない』などと言う事はなかったのに。 （どこから…どこからだろう…） 角砂糖が湿気を吸って長い時間の間に溶けていくみたいに、月が変化しだしたのは、いつからだったろうか。明確な変化に気付いたのは、高校に上がって、高田と別れてしばらく経ってからだった。 それがあまりにも強固で、緩やかな変化だったから事が大きくなるまで気付かなかった。 （いえ…私が気付こうと、見ようとしなかっただけかもしれませんが…） 校門まで来て、左右に分かれた道をきょろきょろと確認した。月の姿はない。 早退といっても具合が悪くて家に帰った…というのではなさそうだと踏んで、駅へと向かう道を目視した。 そして、背後を振り返る。 白を基調とした建物の１階には職員室がある。だが、えるが気にしたのは、教師ではなく―…同じ階で授業を受けているはずの魅上だ。 中１の冬、持て余し過ぎた思いと決別する決心をして魅上の手を取った。 それからは、魅上が卒業した後も、会長と副会長として月と二人きりで行動する機会が増えたとしても揺らぐことはなかった。 月の一挙一動が気にならないといえば嘘になるが、だからといって、昔のような関係に戻りたいとも思わない。 今えるが月の後を追うのを知れば、魅上はきっと良く思わないだろう。…そんなのは分かり切ったことだ。 （でも…けれど…） このまま、見なかったことにするなど、出来そうにもなかった。 えるはきゅっと唇を引き締めてから、駅へと続く道へと駆け出した。 月に追いついたのは、学校から少し離れた所。駅のざわめく通りに辿り着く前の、閑散とした住宅街に面した通学路だった。 「夜神くん！」 「…竜…崎…？」 走り寄る足音が聞こえたのだろう。背後を確認するべく振り向いた月が思わず足を止めたその手前まで駆け寄った。 「…どこに行かれるんですか…」 少しばかり早まった呼吸を制して尋ねるのに、最初は少し驚いた様子を見せていた月がいつもの薄く笑顔を湛えた表情に戻るとさらりと答える。 「どこって、治療にだけど、それが何か？」 「………」 言外に『関係ない』と言われて思わず押し黙る。 「そういう事だから、じゃあね」 「待って下さい！」 「…何。遅れるから止めて欲しいんだけど」 腕を掴んで引き止めると迷惑そうな顔で睨まれた。 「どこかお悪いのですか…」 「関係ないだろ」 今度ははっきりと言われて、確かに関係は無い、月の態度も分からないではないとは思ったが、えるは腕を離さずに何と言おうかと月を見上げた。 「…下のね」 「え？」 そんなえるに埒が明かないと思ったのか、月がポツリと口を開いて、それから酷薄に笑った。 「溜まっててね。セックスしに行くんだよ。これで満足？」 「な…！」 喉を小さく鳴らして月が嗤う。 「なに赤くなってんの。僕たちだってしたじゃない」 「…で、ですが。まだ学校…」 「だから竜崎は早く戻りなよ。僕の相手は忙しくて今しか時間が空いてないんだ。」 「…夜神くん…」 「まあ、竜崎が相手してくれるなら戻ってもいいけどね」 「！？」 どういう表情をすればいいか、分からない。そんな顔をしているえるに、月が突拍子もないことを言ってずいっと上半身を近づけて来るのを凝視する。 「お前との体の相性はかなり良かったから。…魅上にバレたら殺されそうだけど、今のお前を抱けるなら、それくらいの賭、してもいいよ」 信じられない言葉に、えるの瞳が大きく開く。 月の真意を探るべくその瞳を覗きこむ。嘘をつくときにも顔色ひとつ変えない月の心情を少しでも知りたくて、視線を逸らさないえるの胸に手が伸びて来た。 その手が緩やかに触れかけたのに気付き、思わず飛び退く。 くくくっと月がくぐもった笑い声を上げた。 「魅上とヨロシクやってるんだろ？僕なんか追いかけて無いで、戻れよ。それとも僕に抱いて欲しいとか？だったら話は違うけど、もしかしてもう濡らしてる？」 「…月くん…！」 「まあいいや。じゃあね」 非難の声を上げるえるに、月は興味を無くしたようにくるりと背を向けた。 ………………… ■あとがき 久しぶりに月とえるのサシでの対話です♪ 私はどっちかというとホワイトの方が好きだったのですが、何だかんだ言って、キライトも好きなんだと、最近再認識いたしました。 まあ、キライトさまは全く本当に容赦がないので、キライト風味…ですが、キライト風味は書いててとても楽しいです！むっふっふ！（その笑い方やめろよ） 私の脳はかなり沸点に達しているので、えるが恥ずかしがりやの乙女風味ですが（ありえない）、もし、本物の性格に少しでも近づけようと思うなら、月くんのふっかけに『それがどうか？』とか答えそうだと思いました。アハハ！ dataup2007.02.19 next→ …………………… [0]TOP-Mobile-