「夜神はもうダメだな」
そんな事言わないで。


【ひぐらしの鳴く前に】


「また来たの…」
月のうんざりした声に、えるはにっこり笑ってみせた。
簡単にへこたれるえるでは無い。
喧噪の強いクラブの戸を閉めて、月が煙草に火をつける。
「…煙草も止められたら如何ですか?」
「…何、お前。僕の母親?」
皮肉めいた視線だけを寄越す月に、えるは少しだけ眉間に皺を寄せながら、最後に見た幸子の姿を思い浮かべた。
一緒に抱き合った日に、少し気まずい思いで月の部屋から降りて言ったえるに、『まぁ!』と少し驚いたように、それから嬉しそうな顔で『夕飯を食べていって』と言ってくれた、笑顔。
「幸子さんも心配しますよ…」
「大丈夫さ。僕はそんなに抜けて無いからね」
「そういう事ではなく」
魅上もだが、えるも肉親との関わりは薄い方だったので、『お母さん』の笑顔にはとても憧れたものだった。
月自身も心配でたまらないが、その幸子が泣くのも、見たくはない。
繁華街にえるの姿は浮いている。時折強引に連れ込まれそうになったりして、少しだけ怖いと思った。だが、だからといって引き替えせる程の可愛げはない。
また、異物のようなえるに野次の声が聞こえる。
「…お前みたいなのがフラフラしてると迷惑なんだけど。そのうち犯されるよ?」
「そうなりそうだった事もありましたが大丈夫です。ご存知の通り、私こう見えても強いんです」
「…なに?」
一瞬、月の煙を吐き出す息が止まり、それからゆっくりと厳しい視線が向けられた。
「どんな奴、何をされた」
「…え?」
「…どんな奴らだったって聞いてるんだ!」
今までだるそうに俯いていた月が強い声を上げてえるは戸惑う。
「ええと…髪の青くて短くて…この辺がなくて…斧みたいな髪型の方と…黒の皮のジャケットを着た金髪の方でしたが…」
「で、いつ」
「一昨日ですが…それが何か…」
険しい顔の月を、瞬きをしながら見上げる。
「ねー、ライトォ。まだー?」
「!」
店のドアが半分だけ開いて、そこから大量の音が飛び出した。
音にびっくりしながら、どこかの民族衣装のような格好をした女性の顔に視線を向ける。
視線バチリとあって、気だるそうな笑みを向けられる。
そこに軽い侮蔑を感じて、えるはむっとした。
(いいじゃないですか、場違いというのはよく分かってますよ…)
そう思いながら月に視線を戻すと、既に背中を向けていて慌てて声を上げる。
「月く…」
「今日は帰る。よろしく言っておいて」
「え、ちょっ…」
「じゃあね」
クラブに戻ってしまうとばかり思っていた月が片手でグイッと女性の肩を押さえつけて、強制的に扉を閉めさせた。
「行くぞ」
煙草に灯った火をタン!と壁に押し付けて、有無を言わさず、月がえるの腕を引っ張っる。
それにえるは驚いたまま月の背中を見ながらまろびつつ、ついて行った。
「…夜神く…」
「何でだ」
ズンズンとスピードを緩めず歩く月が低く呟く。
掴まれた腕が痛い程だったが、それをえるは振り解く気にはなれなかった。
「何故そんなに僕に構う。幼馴染みだからか?それとも魅上にでも頼まれたか」
「違います。私は――ただ…」
月の言葉に、ふっと脳裏に魅上の姿が浮かぶ。
握られた手の痛みに、フラッシュバックした。

『夜神はもう駄目かもしれないと、お前ももう気付いているだろう…』
キスとキス。
抱き合っている最中にそう囁かれて、えるは思わず揺るぎそうになる瞳を瀬戸際で制した。
『駄目…というか―』
『どうするつもりだ?』
『…それは、幼馴染ですから、それは…』
静かな声に、ズクズクと胸の辺りが疼いた。
そんな事を今、こんな風に聞くだなんて、イジワルだと思う気持ちもあるが、それは仕方ないことだと思った。
『お前でも無理だった、高田でも駄目だった。お前が気に揉むのは分かっているが、無理だろう』
えるに、最後まで諦めさせるように宣言された返事をえるは言葉に出すことは、魅上の唇に阻まれて出来なかった。

「何故、お前は僕に構う―、僕がどうなろうとお前の知ったことじゃないだろう…」
繁華街を抜け、オフィスが立ち並ぶビル階に入った。
その一風変わった風と月の言葉に我に返る。
「そんなこと言わないでください」
その言葉がまるで魅上の言葉と被るように脳裏に響いて、胸の内に秘められた言葉がポロリと零れ落ちた。
徐々に人が少なくなり、時折駅に急ぐOLなどを見かける中、怒りとも痛みともつかない険しい顔をした月が振り向いて声を荒げる。
「迷惑だ!それにお前、もしかしたら今日!…分かっているんだろ!?」
その強い語気の中身が『迷惑』というよりも『心配』が色濃く現われているのが笑って、えるはほっと笑う。
「有難う、ございます」
「…!」
仕返しは3日後が多い事を想定して、送ってくれた月にえるは微笑ながら礼を言う。
(ダメなんかじゃ無い…。私を連れ出してくれた…、心配してくれている…)
「今度は無いぞ」
ビクリと開かれた眼(マナコ)が、少しの躊躇いの後に歪められて、鋭い目付きとともに月が唸るように吐き出した。
「夜神くん…」
「僕の居場所は僕が選ぶ。干渉するな。近寄るな」
(それは…それが月くんの道で、こっちにいる時の方が楽しそうというなら別ですが…)
「嫌です」
「竜崎」
「何度だってあらわれてやりますよ」
「…犯されないと分からないか?何だったら今僕が犯してやろうか」
「どちらも嫌ですが、諦めません」
「…っ」
険の立った表情の月が、えるを強引に細い路上に連れ込んで、壁に叩きつけた。
「この力に抵抗出来るのか?それとも本当に犯されないと分からないのか…!」
「…そうなっても、月くんが心配なんです」
「!…何故、そこまでする。僕の手を払ったのはお前だろ!」
「………」
怒りに強い眼光に、えるは少し戸惑った。
ここで何と言えば、月に伝わるだろうか。
(別に品行方正に生きて欲しいわけじゃない。…月くんが人生全てを投げ出している風なのが、辛い…)
「それは…」
まだ、えるや魅上の他に月が堕ちようとしているのに気付いている人間はそういるものではない。
月が総てを投げ出す前に、もしかしたら伝わるかもしれない言葉が、一つだけあるかもしれない。
(どうなるか…分からないけれど…。まだ私を案じてくれるのなら、あるいは…)
それは別に魅上への裏切りというわけではないとは分かっていても、
えるが口に出すには、とても辛い忍耐と、勇気がいった。
(…ならば、わたしは―)
紛れもなく、月の手を払ったのは、他の誰でもなく、えるなのだ。
「私が…」
月の視線が突き刺さる。
「月くんに…恋していたからです」



…………………
■あとがき
仕返しが三日後とか、実はまったく、適当な話です。アハハー。
いや、何かの漫画で見たような気がするなあ(今日からオ○は!…だったかなぁ?)、とかそんな程度の話です。いつも適当でごめんなさい。
背景とかも適当でごめんなさい…。
はあ!しかし、やっとこ、ここまで漕ぎ付けましたぜ!!!うおおおお…!佳境に入ってきてるんでしょうか?!まだもうちょい続きますけどね!!
次は久しぶりの月くんの視点です。
たくさん、たくさん選択肢はあるわけですが、それの一つを選り分けて、紡ぐのは、すこし残念な気もすると共に、とても楽しい作業ですね…!
物語の中では、せめて選んでよかったと思える楽しい選択を…?
dataup2007.02.23


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