言うんじゃ無かった。
でも、どうしても放ってなどおけ無くて。

傷跡が痛む。


【ひぐらしの鳴く前に】


「うわ…雨か。天気予報じゃ何も言ってなかったのにね」
修学旅行の案について論議しあって、妥当な線に落ち着いた所で、黒く重くなった空が雨粒を落としだした。
「私…折り畳み傘なら持ってますけど…」
「ああ、なら良かった。まだ寒いもんね。それじゃ」
「や…夜神くん!」
学生鞄を掲げて、冷たい雨の中に走り出そうとする月を思わず止める。
「ん?」
先程、月の涙を見てから不安定さを増した胸が、ぐらぐらと揺れる。
一緒に入っていってもいい筈なのに、それを言わずに雨の中を走りだそうとされたら、引き留めてしまわないワケが無い。
いくら気候が穏やかになって来たといっても、この季節の雨は冷える。
「…一緒に…」
チラリと魅上の顔が頭によぎる。
「…いいの?」
月がふわっと笑うのに、胸がじん、と震えた。
(…でも、違うんです。違うから…)
「はい…。濡れたら…風邪を引いてしまいます…」
「ありがと」
月が頭に翳した鞄を降ろして、その代わりに僕が傘を持つよ、と手を差し伸べるので、急いで傘を開いて月に渡す。月はえるの手に触れないように傘を受け取った。
シトシトと雨が落ちて、二人は会話もせずに、一緒に歩く。
(月くん…肩、濡れちゃってますよ…)
えるの方に大きく傾けられた傘は、月の配慮だ。
(…まあ、月くんは女の方だったら必ずこうされるでしょうけど…)
雨で冷えた外気で、隣の体温が一層温かく感じる。
チラッと横顔を盗むように見ると、あの頃よりも精悍になった顎のラインがよく見えた。
(…月くんの心が分からない…)
本当は、全く分からないわけでは無い。
けれど、認められない。
これ以上気持ちを揺らしてはいけないと思う。
(駄目です。駄目。絶対に…ダメ)
けれども感情なんて自分の思い通りにはならない。そんな事は今までの経験で分かりきっている。
(…二人きりに、ならないように努力しないとダメです…。月くんに逢わないというような事は出来ないでしょうから…せめて。魅上さんもよくは思わないでしょうし)
「竜崎ってば!」
「…え?」
考え事をしていたので対応が遅れて、気付いたら月の腕の中に抱き竦められている形になっていた。
目の前に電柱があって、危うくぶつかる所だったようだ。
(…あ)
「有難うございます…!スミマセン、気をつけます」
バッ!と飛び退こうとすると、月の腕に力が入って、狼狽える。
「…だから、ぶつかるよ…」
そう言って、月の方から身を離して、困った顔をする。
「…ごめんなさい」
「いや、別に謝る事じゃないよ。気をつけてね」
「…ええ、はい」
頷いて歩き出す。
(もう3年以上も経っているのに…。私は…)
ぎゅっと奥歯を噛み締めて、えるは苦い思いを飲み下した。


「もう、夜神には逢うな」
「…え?」
翌日の昼休み。魅上に呼び出されて、訪れた生徒会室に入室しての、第一声がそれ。
「分かったな」
「…それは…」
断じられて戸惑う。
「…どの程度の…」
「一切だ。会話もするな」
苛々と睨まれて、それは無理です、と首を振る。
「役員の活動もあります、それは…」
「では、降りろ」
「役員を…ですか?」
「それ以外に何がある」
ギロっと睨まれて、えるも眉間を潜める。
(もしかして…でもどちらか…)
「…二人きりには、極力ならないように努力します…」
「駄目だ」
「魅上さん…!」
必死に訴えかけると、ではこちらだ、と一枚の用紙を差し出されて、近くに寄る。
薄っぺらい一枚の紙を見て息を詰める。
「婚姻…届…?」
「お前も知ってるとは思うが、私は来月の7日で18だ」
「…私は」
「…書け。これ以上私を怒らせるな」
低い声にえるは真っ正面に強い視線をぶつける。
「何故ここまで…!」
「昨日、夜神と抱き合っていたと聞いて、どれだけ私が苛立っているか分からないか!!」
「それは事故です!私がぶつかりそうになったのを庇って貰っただけです!!」
「…何故お前くらい注意深い者がそんな状態で歩く!夜神に気を取られていたからじゃ無いのか!?」
「どうして私を信じてくれないのですか?!私は今は貴方の事をー…」
言いあって息を吐く。
沈黙が落ちた後、魅上が口を開いた。
「…ならば、養父を説得して書いて来い」
「………」
苦渋の選択にえるは瞼を硬く閉じた。
(確かに私が悪い…。そんな事を聞かされて、気持ちがあるのなら腹がたって当然…。…この用紙…昨日の今日で手に入れられる筈が無い。おそらくー…せっかちなこの人の事だから…)
誕生日にいうつもりだったのだろうと推測すると、心に余裕が出来た。
(だったら嬉しかった筈です…。…月くんは…、月くんの事はー…)
苦悩してから決断を下す。すっと大きく息を吸った。
「…嬉し「誰が慰めてやったと思っている…!」」
長い沈黙に痺れを切らした魅上の、切羽詰まった言葉が、被る。
「…え…?」
笑顔が、凍りついた。
「…今…」
同時にえるが何か言おうとした事に気付いた魅上が、はっ、とえるの顔を見上げた。
「竜崎、「今、何て…!」」
凍りついたままのえるの叫びに失言を悟ったのか、魅上の唇が開く。
「私、今までずっと慰めて貰っていたんですか…?」
弁明を聞く前に、えるの震えた声が先んじた。
泣いてしまいそうだ。
「…今のは」
「…分かってます…!言葉の綾だというのでしょう?!…でも…、でも、許せません…!」
失礼します、と部屋を後にしようと、一歩踏み出す。
「待て…、どこに行く気だ。受けとるのでは無かったのか…」
恐らく、感情が高ぶって見えず、聞こえなかった部分を思考で補ったのだろう。
引き止められた手を振り払らわず、えるは椅子から立ち上がって、身を乗り出す魅上を睨みつ上げた。
「そんな事を言われて、受け取れるわけがありません…!感情が納得出来ないのです…!しばらく一人で考えさせて下さい…!」
詰るように告げると、握られた手に一層力がこもった。
「痛いです…!離して…」
「…夜神の所に行くのか…」
骨が砕けそうな程に強く掴まれて、だが、言葉の内容に顔をしかめる。
「…夜神の所に行くんだろう!」
「…そんな事、しません!何故貴方はそんなにも私を信用してくれないのです…!私は貴方の事が好きです!私の不注意で貴方が傷ついたのなら、…いえ、そうでなくても、プロポーズも、嬉しかった…!」
「だから、今はお前を信じ、一人にしろというのだな…?」
「…その通りです」
「それはいつだ?」
「…そんな事は…」
「明日か?明後日か?一週間後か?!お前には前科がある!」
「…前、科…?」
「夜神の所に戻らない保証がどこにある!」
激しい声音の、冷たい言葉に。見開いた目から、つうっと雫が伝って落ちた。



…………………
■あとがき
あっはっは。
とんでもストーリー水野でっす☆
もう、後半は笑い飛ばすしかないです。はい。
はっはっは。うわ、反応が怖ぇ。(笑)
まあ、大概何書いてても、反応は怖いですが、今回からは更に反応が怖いです。アワワ!
でも、個人的に嫉妬に狂った感じの魅上を書くのは非常に楽しいです!アハ!(開き直った!)
あれですよね、鬼畜でごめんなさい…!
えーと、次回は完璧に裏モノになってしまう予定です。苦手な方、ごめんなさい…!(まあ、今更ですがね)
そして、限定公開は次回を含め2話後です。
お見逃がしなく…!(と、言ってみたかった今日この頃)

dataup2007.03.11


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