もう、あの頃のようにはいかない。


【ひぐらしの鳴く前に】


「…私の為には出来ない事が、夜神の為には躊躇いもせずに出来るのだな」
不満と軽蔑の視線を向けられながら、えるは役員を降りた。
どうやら、生徒会室の一件と、保健室でのやり取り。それから…を感づかれたらしく、今やえるに近寄るものは誰一人としていない。
「…ぁっ…ぁあ…」
それで、何かを口実にして逃げる事も出来ずに魅上に呼び出されては、犯されるように抱かれる毎日が続いている。
「お前が何と呼ばれているか知っているか?」
下から突き上げられて、窓枠にしがみつく。
「売女とはよく言ったものだ。お前は夜神の将来と引き替えに私にその身を売ったのだからな」
魅上が口元を歪めながらえるを下から揺さぶった。
「っぁ…っぁ、」
濡れた膣が魅上を締めあげる。
内側から込み上げる、力と思考を奪う快感に、一層えるは肢体をくねらせた。
「淫乱な奴だ…。好きでも無い男に抱かれて、それでも感じるとは…」
「っは、ぁん!」
言葉が耳を摺り抜けて、えるはただその身の快感に総てを委ねる。
壊れたものは戻せない。ならば、壊れたまま受け止めるのみだ。
「もっと声を上げてはどうだ。皆に聞こえるようにな」
また深く突き立てられて、声を上げた。
校庭にいる部活中の幾人もの男子生徒の視線が刺さった。
それを薄目で確認しながら、それでも魅上に反発する事は無い。
(もう慣れました…)
夏休みになるまで、ずっとこんな事が続いた。
学校はまだ手出し出来ないで…いや、見なかった事にしているが、全員が知っている。
それゆえ、隣の窓はわざと開け放たれている。
目線を上げて少し凝らせば、胸をはだけて喘いでいるえるの姿が目にはいる。
「ぁっぁん!も、っ…!」
その視線を感じながら、惜しみない声を上げて、達した。
魅入られているのが分かって、笑いたくなる。
「…ぅあっん!」
だが、まだ達しない魅上が、えるを激しく腰を打ちつけられて、思わず鳴いた。
「…ふ。男共に見られてイったのか…。本当にどうしようも無い奴だな…」
確かにどうしようも無い。
えるも、男達も。
(女なら何でもいいのですか?私は…男なら誰でも…)
何人の男と交わっただろう。
役員を降り、婚姻届にサインをし、学院への罪滅ぼしだと言われて、知りもしない男を慰めた。
その度に、まさぐられる体を敏感に跳ねさせ、打ちつけられては締めつける。
生の欲情を受け止めながら、妊娠しないのがおかしいくらいで、最近では、喜んで犯される為に妊娠しないのでは無いかとさえ思う。
(…こんなの…セックスをする為だけの人形のようだ…)
「もっと締めつけたらどうだ。夜神が相手で無いと出来ないのか?」
(月くん…)
ぎゅっと意識的に力を籠めた。
(…私…、間違ってしまいましたか…?)
噂は勿論、月の耳にも届いているだろう。
(誰にでも濡れるこの体を…もう奪って欲しいだなんて言えません)
「…ぁっ…」
魅上のが内に流されて、仰け反る。
恍惚とした表情でくねるえるを見ていた男達に、薄く微笑みかけた。
獲物を誘う。
魅上がえるを壊す為に出した命令はなりを潜めている。
お互いに壊すことしか出来ない関係になってしまったが、魅上の心情を思えば怒りだけで始めた命令を今では遂行することが出来ないのだろう。
だが、とことん壊して貰わなければならず、えるは進んで自らを差し出す。
そうすれば、きっと月も今度こそ幻滅するだろう。
(…私はたったそれだけの人間だと)
そう思って、忘れてくれた方がいい。
語りかけられた言葉が本当ならば、すぐに忘れられるものでは無いだろうけど、えるには月と幸せになれる自信がない。
(…ごめんなさい…)
「…っぁ」
ピクンと抜かれた衝動で体を揺らす。
「…もう、行かれるのですか?」
窓硝子に映った魅上に問う。
「…ああ。竜崎」
「何でしょう?」
「…避妊口径剤でも呑んでいるのか」
「いいえ?」
軽く答えると、魅上の顔が更に歪んだ。
「……どこまで私を否定するのか」
その表情にチクリと胸が痛んだが気付かなかったことにした。
そのまま魅上を見上げていると、魅上の指が首筋にあったネックレスをグイと引っぱるので、息苦しさにえるは眉間に皺を入れる。
「っ…」
鎖を後方に引っ張られて、まるで首をしめられているみたいだ。
思わず涙目になりかけたところで鎖が切れ音を鳴らして床に落ち、赤い石が暗い教室の微かな光を吸収して反射した。
「…」
それを拾おうとしたえるの後頭部を鎖を切った手が阻み、視界が狭まった。
唇が微かに触れ、そして離れていく。
そのまま魅上が無言で教室を去っていくのに、またツクンと胸に痛みが走ったが、えるはその痛みを無視して千切れたネックレスを無感動に拾うとスカートのポケットに仕舞いこんだ。
そして先ほどの行為などまるでなかったかのように記憶から消して、まだこの体に釘付けになっている生徒の視線を前に、自ら自慰をしてみせた。
魅上が出て行った今、他の生徒に壊して貰わねばなるまい。
絶頂の瞬間だけでも、月の事を忘れられるのなら、それで良かった。
窓から、蝉の声が聞こえる。
「…ぁっぁっ月くん…」
それでも必ず自慰をする時は名を呼んでしまう。名前を呼ぶだけで、えるの体に抑え切れない熱が体を巡るから。
バカバカしいと思いながらも、3年以上前の月とのセックスが忘れられない。
(どれだけ重ねても…忘れられないんです)
胸に触れて、指で中をかき混ぜて、寂しくなった唇を窓硝子に押し付ける。
「…月くん…月くん」
唇を離しては名を呼んではまた、窓硝子に押し付けた。
想いは一層募るばかりで、魅上を確かに愛していた気持ちすら、今は霞のようだった。
カタン、とドアが開いて、待ちわびた客に向かってえるは婉然とした笑みを向けた。
「…もういいよ」
そこに立っている人物を目に留めて、凍りつく。
「もういいから」
近寄る月に、えるは逃げるように衣服を掻き合わせて距離を取った。
「…来ないで…、来ないで下さい…っ!」
「える…」
「名前なんて呼ばないで…!」
急に自分が恥ずかしくなって、身を丸めるたい衝動に駆られたが、結界を作るかのように強い目線で睨みつけた。
「魅上が…」
ビクリと体を震わせる。もしかして、月をまた脅したのだろうかと脳裏によぎり視線が揺れる。
「魅上が…もういいって…」
「…え?」
「これ以上見てられないって、言ってたよ」
辛そうな顔で言われて、言葉がうまく理解出来なかった。
それを理解した月が、もう一度ゆっくりと繰り返す。
「今のお前を、もうこれ以上、見てられないって。痛々し過ぎて、見てられないって…」
(………、もう誰も、私を壊してくれないんですか…?)
だったらこの罪をどうすればいい。
月を見放し、魅上を傷つけ
月を傷つけ、魅上を見放した、この罪は。
(ああ…でも魅上だって辛い筈、…辛そうだった。…仕方がない)
魅上がえるの原罪に付き合う必要は無い。
(…都合よく一緒に堕ちて欲しいなどと、よくも思えたものだ…)
「…そうですか。でもこれが私の性分なんです。夜神くんがいては他の生徒が入ってこれません。邪魔です」
顔を背けて固く言う。
月の顔などこれ以上見れない。どんな表情を作ればよいのか分からなかった。
「…誰でもいいの」
「ええ。私は貴方が思ってるような人間では無いんです」
「…じゃあ」
すっと歩み寄られて、逃げ場を探す。
(…しまった!誤った!)
「僕に抱かせてよ」
「…何をバカな事を!」
予想通りの答えに舌打ちしたくなる。甘い言葉ではすぐに漬け込まれてしまうのにとんだ失態だ。
「バカな事?何でだよ。誰でもいいなら僕だって構わないだろ」
「…嫌です」
「嫌だって?人形になるなら主人を選ぶなよ」
「…っ嫌です」
「なりきれないなら、僕を選べよ!!」
「…っ!」
やおら伸びた腕がえるを抱きして、抵抗する。
「…いやっ!」
強い力で抑え込まれて、それでも藻掻いた。
顎を掴まれ、唇が重なる。
「…っん、ふっ…」
何度も角度を変えられた口付けが、徐々に深いものへと変わって来て、涙が溢れた。
「…ぅっ…ぃや、です」
「何で」
「私はとても…卑怯で汚れてます…」
えるの懺悔に月は苦笑した。
「色んな奴に抱かせたから?…それなら僕だって同じだろ?お前を忘れようと、初めて会った奴とだってした」
「…でも、違います…」
「違わないよ。それに魅上との事だって、普通だ。あんなに愛されたら、愛してもおかしく無い。一緒に堕ちて欲しいと思ったって卑怯なんかじゃないよ。そう思ったんだろ?」
「…私は…」
一言も口にも出していない言葉も言い当てられて、えるは言葉に詰まり、
「魅上の事も好きだったお前を含めて、今でも好きなんだ」
「…私…」
目一杯の言葉に我慢出来ず、嗚咽を漏らす。
「愛してるよ、える」
額に優しいキス。
「…愛してる」
「…月くん…」
「魅上がね」
出て来た名前に、えるが顔をあげると、神妙な顔で月が口を開く。
「『悪かった』って」
「…何故…」
「『愛するものと引き離して悪かった』」




「行ってやれ」
えるの悪い噂が蔓延して長い時間が過ぎた。
月があの時身を引いたのは、えるをあれ以上傷つけたくなかったからで、幸せにつもりがないのなら、と決着をつけるつもりで出向いた教室の先の廊下。目をかすかに閉じた魅上の言葉に、月は驚いて目を開いた。
「…どうやら私は完璧に負けたようだ。…これ以上はアイツが痛々し過ぎて見てはいられない」
「魅上…」
「ふっ…最初から張り合おうというのが、土台無理な話だったのかもしれんな。…いや、私が嫉妬などせずに受け入れてやれば、未来はまた変わっていたのだろうが…」
「……」
「…お前が乗り越えたものを、私は乗り越えられなかった。それが最大の敗因だろう。…だから、私は手を引こう」
淡々と吐き出される言葉に傷が見え隠れする。
「…幸せにするよ」
「そうで無いと許さん」
「…だけど魅上…えるは…」
「言うな。それくらい私だとて分かっている。…未練が残る、だから言うな。それから、会わせに来さすな。…だから伝えてくれ」





「『お前を傷つけてまで手にいれようとした私を』」



「愛してくれて有難う」







照さん、
とえるが泣きながら呟いた。



…………………
■あとがき
最終話は25日AM0時公開、公開終了は28日のPM11:59分の予定です。
オマケのような話なのですが、最後まで宜しくお願いいたします!
因みに『ひぐらし〜』の最大に書きたかった『僕を選べよ!』を月に言わせることが出来てまた一息です!
…魅上、すまん…
予定していたこととはいえ、途中で多大に情が移ってしまった水野でした。

dataup2007.03.21
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