魔法は万能の力では無い。

 何かの力と引き換えに。

 何かの代償と引き換えに。

 俺は魔法をかけました。


『魔法(マジック)』


 手紙が届いたら、封を切らずにそっとしまっておいて。


 年月が経てば、きっと。


―COUNT6―

 俺には時間が無い。
 だから俺は魔法を掛けた。
(おい。こっち向けよ―――)
 俺は掛けた魔法で願いを唱える。
 犬飼冥に向かって魔法を唱える。

「犬飼っ!」
 投げ込みをしている犬飼に向かって俺は声をかける。
「・・・・・なんだ」
「へへっ。今日は一段と気張っちゃってるけど、飼主にでも怒られたのか?」
「・・・ぶっころ・・・」
「まあな、まあな?いっぱい練習しねえとまた俺にホームラン打たれるかもしれねーもんな?」
「・・・うるせえ・・・とりあえずあっち逝け。練習の邪魔だ。おら辰。球いくぞ」
「OKですよ。犬飼君」
 俺は再び練習に戻って行った犬飼に向かって唇を尖らせた。
 ちょっとぐらい相手したっていいじゃん。

 なあ。犬飼。
 こっちを見ろよ。
 俺を見ろ。
 俺を見て。
 俺だけをみてくれよ。
 今は振り向いてくれるだけでいいんだ。

 俺には時間が無いんだから。

 俺には犬飼を振り向かせる術を持たないから、一生懸命名前を呼んだ。
「犬っころ、居残りすんの?」
 俺の鍵当番の時に部室で息をついていた犬飼はまだユニホームを着替えていずにベンチに座っていたので、俺はそう声を掛けた。
「・・・・」
「鍵当番俺なんだけどさー」
「置いていけ・・・」
「って言っても時間決まってるじゃねーか。お前が時間過ぎたら怒られるのは俺なんだぞ?」
「・・・っち、猿が・・・」
 犬飼の心底嫌そうな顔に俺もむっと来る。
「コゲ犬のくせに猿っていうな!っていうか俺はまだしも守衛さんが、困るの!部室とは言え鍵を渡さないと困るのは守衛さん。分かった〜?アホ犬!」
「・・・俺がそんな失態犯すか・・・猿」
「ぶっぶー。そんな答え聞き飽きましたー。っていうか真実味を帯びていませんー!なぜなら!!お前は昨日も一昨日も!先一昨日だっていつも時間を超えて守衛さんに怒られてるんだからな!まいったか!!」
 勝ち誇ったように宣言する俺に犬飼はぴくりと眉を上げた。
「・・・何で知ってる?猿」
「・・・・う」
「何故知ってるんだ?」
「それはー。なんていうかー。そう!実は俺も!練習していたからだ!!」
「・・・それじゃ同罪だろうが」
「違うもーん!俺は部室で着替えてから私服でやってたんだもーん!部室に戻ってないもーん!!」
「くそ猿・・・」
「へっへっへ。頭脳派の猿は一味違うことを思い知ったか!」
「・・・ぷ。今『猿』と言いきったな、お前」
 険しい感じの面がふと緩むのを見てドキリとする。
 急にそんな顔すんなよな・・・心臓に悪い・・・。
 っていうか、犬っころが猿、猿、と連呼するから移っちまったじゃねーかよ・・。
「っく。揚げ足取りの犬っころめ・・・」
「とりあえず。お前あんな時間まで残ってたのか?」
「・・・・残ってたよ?」
「・・・・じゃあ時間が来たら声かけてくれりゃいいじゃねーか・・・」
 だったら何度も何度も説教されずに済むのによ・・・と呟く犬飼に俺は思わず笑いかけた。
「なーに言ってんの!犬っころ!お前練習中に声かけたら怒るくせに!」
「そりゃ、お前が下らんことで声かけるからだろうが・・・」
「知りマセーン!俺はいつでもマジメなの!いつでもな!」
 胸張って俺が答えると犬飼はじとーっと見てくる。
「分かったよ。分かった。今日からは教えてやるよ!っていうか、お前に鍵は渡せん!俺は断固として鍵を返しにいくぞ!!」
「・・・・」
「まあ、お前にゃ俺のトレーニング用の服貸してやるから、さっさとシャワーでも浴びて、これに着替えるんだな!」
 そう言って俺は自分の鞄の中から少し大きめのTシャツを取り出して犬飼の方に放ってやる。
「・・・・」
「ほら、早くしろよ」
「・・・じゃ、とりあえず」
 そう言って犬飼がシャワールームへと消えて行く。
 十二支高校には運動の激しい部活の生徒のために運動部共通のシャワー室まで設けてある。
 嬉しい設備で俺はよくよくそこで熱い湯に打たれるのだ。
 それで息をつく。
 本来ならこんな運動をしてはならない身なのだから。



 犬飼。
 なんで振り向いてくれない?
 振り向いてくれるだけで、いい。
「犬飼」
 声をかけても振り向いてくれない。
 練習中だから怒ってるのか?
 そう・・・。
 お前は野球が大好きだからな・・・。
 まあ。仕方が無いかな?
 だったらそう。
 今度は練習が終ったら話しかけてみるか・・・。
 それだったら、振り向いてくれるだろ?
 そう、振り向いて。


////To be continiued/////

……………………
[0]TOP-Mobile-