―COUNT4― 笑ってくれよ。 たまにはさ。 俺のことだけ、見てくれよ。 たまにはさ。 振り向いてくれよ。 たまには。 お前から。 俺にはもう。 すべてを、使い果たしてしまいそうなんだから。 触れられた腕の熱さを嚥下して、俺は鍵を速攻で守衛さんに渡すと心を落ちつかせる為にゆっくりと歩いて帰っていく。 犬飼がいる場所まで。 今は7時と言ったところだろうか・・・。 薄く、本当に薄く、夕日が棚引いている。 そろそろ暗くなるなーと思いながら、ぱちぱちっと点滅して灯っていく電灯を見る。 ぱちぱち・・・、ぱちぱち・・・・。 そう電灯は音を立てて光りを灯そうとしている。 俺は儚げな気分でそれを見上げた。 俺は憂鬱な気分でそれを見上げた。 そろそろキレル。 時間が。 時間が。 余裕が。 猶予が。 光りが灯らなくなる。 ふっつりと壊れて消える。 透き通る。 風に紛れる。 多分もうすぐに。 ぱちぱち・・・ぱちぱち・・・ と、音を立てて電灯は光を灯そうとする。 じ――――・・・・ぱちぱちっ・・・と声をあげる。 ガシャンっ!! ガシャン、ガシャン・・・・ガシャン・・・ その音に被るようにホームの方からそんな音が聞こえて来た。 犬飼が投げ込みをやっている音だと、すぐに見当がつく。 俺は少し微笑んで犬飼の姿が見える位置まで歩いて行った。 犬飼の球がバックネットに突き刺さるようにして疾っている。 俺はそれをじーっと見つめた。 先ほど何でそんな時間まで残ってたのか、って聞いたよな?犬飼。 これが、答えだよ。 お前を見ていたかったんだ。 今もそう。 けして振り向いてくれる分けじゃないけど。 けして俺のことを見つけてくれるわけじゃないけど。 俺には時間が無いから、ほんの少しでもこの目に焼き付けておこうと思ったんだ。 そりゃ、俺だって、甲子園に行きたいし、なんたってサードレギュラーだから、犬飼が一心不乱に投げ込みしている間、一緒になって練習しているみたいに嬉しくなりながら、練習もしたけどさ。 甲子園まで。 甲子園までは。せめて。 せめて。 「おいっ猿!」 俺がぼーっと突っ立っているのを見つけて犬飼が声を掛けて来た。 「・・・・ほあっ?・・・あ?」 「・・・・テメーは何ボケてやがる・・・さっきといい・・・・」 「いや・・・わりい・・・わりい。うん、多分、腹が減ってるからだ!そうだ、犬。腹減ってねえか?」 「あ?」 「いや〜。腹が減っては戦は出来ぬ!っていうじゃねーか」 「・・・・猿の癖にことわざを使うか・・・・」 ほうっと犬飼に溜息をつかれて俺は「んな事言うんなら、分けてやんねー!」と物で脅しをかけることにした。 「は?」 「折角多めに持って来たから野良犬にもちょっとは施しをしてやろうと思ったんだけどさ〜。そうか〜、いらないのか〜。まあ、別に〜、俺の腹が減るわけじゃねえし〜」 ふっふっふ〜!すぐさま謝りやがれ!とにやつきながら、俺は犬飼ににたりと笑みを向けた。 「ぬ・・・・。なんてイヤミな猿なんだ・・・。人に物をちらつかせておきながら、見せびらかす猿!ああ!猿の脳みそには思い遣りって言葉は収録されてないのかっ!!」 「むっか〜〜〜!お前のがイヤミなんじゃねーか!犬っ!!元はお前がふっかけて来たんじゃねーかよっ!!それを、いかにも俺が冷酷無比なように〜〜〜」 「そうか・・・分けてくれるのか。物の道理の分かった猿科動物だ・・・」 「お〜ま〜え〜は〜〜〜〜〜!!」 犬飼の言葉に怒りも露に、声を上げた瞬間、ズキン、と痛みが走った。 「っ・・・」 顔が強張る。 なんで、 なんで・・・・。 激しい頭痛と眩暈に俺はその場にしゃがみ込んだ。 「?猿?」 犬飼の声も今の俺には正確に聞き取れなかった。 ただ、その不安そうな声音だけを全身で感じる。 早く、笑って誤魔化さなければ・・・、そう思う。 思うけど。 イタイ。 イタイ。 イタイ。 魂が削れるようだ。 それでも、俺は別段構いはしないが・・・。 今、こいつに笑顔を向けて、それでこいつが安心するならば。 なあ、犬飼。 そんな顔するなよ。 犬飼。 犬飼。 犬飼――――。 俺を見ろよ。 笑ってる俺を。 そして、 そして。 「おい、猿っ!!どうしたんだ?!どこか痛いのかっ?!」 犬飼が様子の可笑しい俺の為にしゃがみこんで顔を窺おうと斜めから覗きこもうとした。 べしっ! その顔を俺は間一髪で殴った。 っていうか叩いた。 「〜〜〜〜!」 犬飼が声にならない声で唸ってから、何すんだ?!と声をあげる前に俺は言った。 「腹減った・・・・」 「は?!」 犬飼は分けがわからないって感じで声をあげる。 それに俺は眉間に皺を寄せて、大分戻って来たであろう顔面の血色の程を思って顔を上げた。 こんなに暗ければ、そうそう分からないだろうと思って。 「お前が俺の食事を邪魔するからだ、犬っころ。俺は今日、昼を食べてないんだよ。実は。それでなくても腹が減りまくりなのに、部活なんてした日には、アレだな、即貧血だな」 「・・・・・・」 「血が無くなってんのに、お前が怒鳴らせるようなこというんだもんな〜〜。っつーことで早く食べよう、弁当を!」 俺はにっと笑って犬飼がまとめて置いている自分の荷物に歩み寄った。 膝を折りながら、再び軽い眩暈を覚える。 「・・・・・」 それをぎゅっと目を瞑ってやり過ごすと俺は自分で作って来た弁当を取り出した。 ちょっとピクニックみたいな装丁。 この場になんかそぐわない気もするんだけど、まあいいや。 犬飼と一緒に食べようかな〜〜?と思って作って来たんだからな。 この犬はよく食物を取り忘れるって失態をよく犯しているようだったから、これから俺がいる間は、猿野様スペシャルを食べさせるぞ☆と決めたのだ。 「ほれ〜!犬!SARUNO様特製スペシャルランチだっ!有り難く食べるがいい!!」 「・・・・・」 犬飼は俺の軽口に目を眇めるようにして検分してから、お返しのつもりと云うように、俺のデコをパチンと平手で叩いて、憎まれ口を叩いた。 「バーカ、テメーで作ってる分けでもねーのに、何が『SARUNO様スペシャルランチ』だ!」 しかしそれに、俺は不敵な笑みを返す。 「ふふん!所詮野球だけ(しかも投げるだけ)が得意の犬っころには思いつきもしねーよな!これは俺が作ったスペシャルランチだっ!!」 俺が得意げに鼻なんか鳴らして誇らしげに犬飼の目の前に突き付けると、犬飼の視線は弁当を凝視した後、ふら〜とさ迷って・・・。 「あ〜〜〜。そういえば、とりあえず・・・。俺、そんなに腹減ってねえし・・・」 「おい」 「それに、猿と言う名の動物から、食料を取り上げるのも、何か人間様にしてみれば、無情だったような、気もしてきた・・・とりあえず」 「こら」 「そういう分けだ。猿はその弁当をまったりと食べるがいい」 「待て」 そう言ってさっさと踵を返して練習へ戻ろうとする、自分よりも高い位置にある首根っこを掴まえると俺は低く唸った。 「どういうつもりだ、コラ」 「・・・とりあえず、そういうつもりだ・・・・」 「上等じゃ〜〜〜!俺のメシが食えね―――ってのか〜〜〜〜!!」 「・・・・猿・・・・それじゃあ居酒屋で悪酔いした親父みてーだぞ?」 「話を逸らすな!!食え!!」 「俺は食中毒になりたくねえ(きっぱり)」 と、言いきった犬飼に、俺は素早く弁当を開くと、(この辺は長年培われた早弁テクニックの一つだよネ!)梅だか鮭だかコンブだかオカカだか、分からないお握りを取り出して強引に犬飼の口に突っ込んだ。 「(むがっ!!)」 「食え☆」 にっこりとこめかみに青筋をたてて笑ったまま、俺はぐりぐりとお握りを犬飼の口に押し込む。 そして眉を顰めたまま、俺を押し退けようとする犬飼の喉がこくん、と上下した時、俺は内心勝利にほくそ笑んだ。 俺の思った通りに犬飼の顔がピキーン!とアニメカットになる。 「こ・・・これは!・・・この芳醇な米の香り、適度な炊き具合!握り具合!!口の中でほろっと溶けるようで、それでいて歯ごたえがいい、このおにぎりはっ!!」 犬飼の称賛の声に俺は機嫌をよくしてふんぞり返るると、 「なんて言うか〜〜〜!テメーは俺を殺す気か!猿っ!!勝手に人の口の中に物を詰めやがって!!」 態度を豹変させた犬飼にべしっと頭を殴られた。 「痛え!」 「当たり前だ、バカ猿。・・・・まあ、美味くなかったわけじゃねえけど・・・」 殴られた頭をさすり、反抗しようとした俺は、犬飼の後から付け加えられた言葉に笑って、食事を開始することにした。 ほら、犬飼。 俺といてちょっとは良かったと思っただろ? だったら、もうちょっとだけ付き合ってくれよ。 本当、あとちょっとだけでいいんだ。 それほど、長くない。 お前は俺を嫌いなままでいいから。 ただ、ちょっと。 振り向いてくれて、 笑ってくれて。 ちょっと触れてくれれば、いいんだ。 ちょっとだけ、喋ってくれれば、いいんだ。 そう、他愛の無い話でいいから。 俺が犬飼を好きなだけ。 お前は。 お前は。 ////To be continiued///// …………………… [0]TOP-Mobile- |