―COUNT2―


「ほれ、犬〜!どーんと来やがれ!」
 俺はバットを振り回し、バッターボックスに立った。
 犬は投げる、俺は打つ。
 それぞれ自分の特訓を済ませた後、それが日課になっていた。
「そうそう打てると思うなよ」
「へっへ〜。負け惜しみは言うな、犬」
 犬飼との二人っきりの特訓が続いて一週間。
 特に守衛さんに怒られることもなく、秘密の特訓は進められた。
 その中で俺が犬飼の球を捕らえる事もたまには、まあ、あった。
 すると、犬飼は悔しそうにぎりっと奥歯を噛み締めて俺を刺すように見るのだ。
 それが、俺には楽しかった。
 お前が俺だけをみている。
 俺だけを見て、それから、練習が終った後、少し優しかったりする。
 たまに、帰りの公園で缶ジュースを奢ってくれたりもする。
 弁当の代わりにと。
「っ!!」
 今日も今日で俺は大きくバットを振った。
 犬飼との特訓のせいか、球の緩急にも少しなれて来たようだ。
 ぐっと、足を踏みしめて、バットを振りぬく。
 キイイン・・・とボールは音を立てて、遠ざかって行った。
「やった〜〜〜!犬っころの球をへし折った〜〜〜!!」
「(ムカ)」
「ふふふふ。段々と勝率が上がっているような気がするぜ〜〜☆こりゃもう、後何年かしたら、100安打だ〜!」
「この浮かれ猿」
「へっへ〜。今の俺にはどんな言葉も通用しませ〜ん!!あ〜、いい汗かいたなあ。今日はいい1日だった」
 ふう、と額の汗を拭って、一息。
 丁度、腕の時計は9時。
「あ〜。今日も9時になっちまったか・・・」
 まあ、守衛さんに怒られないのはいいんだけど。
 8時を過ぎると正面も裏も閉められるので、また今日も裏門を乗り越えて帰るのだろう。
 俺は鞄に近寄って、タオルを取り出し、体を丁寧に拭いていく。
 せめて風邪を引かないようにしなくてはならない。
 だって俺はここにいてはいけないのだから。
 隣で拾った硬球を手に、滴る汗を拭っている犬飼にじゃあ帰るか?と声をかける。
「・・・とりあえず」
 犬飼はそのままフェイスタオルを鞄に仕舞う。
「明日は簡単には打たせねえ」
 犬飼の言葉に俺は笑う。
「明日もデカイの打ってやるよ」
 明日も、明後日も、明々後日も・・・。
 ずっと。
 俺がいなくならない限り。
 俺が打てなくならない限り。
 いくらでも。
「打ってやる」
「言っとけ、バカ猿」
 俺達は揃って鞄を抱え門をよじ登る。
 たんっと降りていつもの公園を通ると犬っころが「何か飲むか?」と聞いて来たので、俺はおう、と答える。
 犬飼は必ず俺が打った日にはこういう。なんだ?ご褒美のつもりなのか?って思いながらも、嬉しいと思う。
 嬉しくて笑ってしまう。
 そのまま自販機で犬飼はコーヒー牛乳(もといカフェ・オレ)を買い、俺はアクエリアスを所望する。
 そしてそのまま、小さな児童公園のベンチに座った。
 ぎしっと、音を立ててベンチが軋む。
「ほれ、猿」
「サンキュ」
 犬飼に渡された冷たい飲み物に俺は短い礼を言って受け取った。
 プルタブを指に力を入れて開けて、ごくっと一口飲み込んだ。
 夏の迫る熱気ある空気に、その喉ごしは気持ち良かった。
 隣ではかしっ。かしっと音を立てて犬飼が同様に、プルタブを開けようとしていた。
「・・・・・またやってんのかよ・・・・犬飼・・・・」
「うるせ。コーヒー牛乳は紙パックが一番なんだ」
 またカション、と音を立てて戻ったプルタブに俺はげらげら笑った。
「はははは!犬飼冥が缶ジュースのプルタブも開けられねーとはなっ!」
「違うっ、開けられねーんじゃなくて、開けにくいだけだ。いつかは開くっ!!」
 ふん、と鼻息も荒く反論する犬飼に俺は笑い続けて貸せよと手を出した。
「いらんっ、猿の施しはっ!俺は俺自身の努力で開けてみせる!」
 スポーツをやってるせいか、その爪は決して長くはない。
 その短い爪で開けようとしている犬飼に俺は「バーカ」と声をかける。
「んな事してっから、開けられねーんだよ!」
「手で開けなくてどこで開けろと?」
「そーじゃなくて、爪じゃなくて指の腹で開けるの。っていうか、爪で開けたら爪剥げそうで嫌な感じしねえ?」
「・・・む」
「指の腹を、開け易いようになってるだろ?そこにぐっと宛ててだな、持ち上げるようにして開けるわけだ。それでも開けにくけりゃ、プルタブを左右に動かせよ。盛り上がったところに半分乗っけるとよりやりやすくてグー」
「・・・・まさか猿に物を教わるとは・・・・世も末・・・俺も末・・・」
「っか〜!いちいちムカツクワンコだな!っていうか、ホラ見ろ、結構簡単に開いただろ?」
 俺は夜の闇のせいで一層黒い犬にレクチャーした後、また一口と流し込む。
「もう甲子園だな〜」
 俺は薄く輝く星を見上げてそう呟いた。
「そうだな」
 軽く返って来た返事に俺は「最後まで行けたらいいな」と言った。
「・・・最後まで行けたらいいな、じゃねーだろ、猿」
 犬飼が言った。
「最後まで行くんだろ」
「・・・・・」
 うん。
 そう。
「最後まで、いく」
 呟く。言葉に出すことによって決意するように。
「最後まで」
 せめて。
 最後まで。

 でも。

 祈らなければ、叶わない。
 願わなければ、叶わない。
 その為の代償を。

 時には勇気を。
 時には情熱を。
 時には命さえ。

 全部払ってどこまでいけるだろうか、と考える。
 どこまでコイツといられるだろうか、と思って目を閉じる。

 強く願えば、1秒。
 強く願えば、1分さえ。
 強く願えば、1時間。
 続くかもしれない。

 1秒でも、1分でも、1時間でも。
 時間が惜しい。

 消失していく力が惜しい。

 だってこうしていられるのも。
 きっと甲子園が終るまでで、
 二人っきりでいられるのなんか、もっと少ない。
 きっと。
 多分。
 甲子園が始まるまで。

 犬飼と一緒に野球できるのは、
 甲子園の途中までで。
 俺がいられる時間は
 きっと、
 もっと。
 少ないはずだ。


////To be continiued/////

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