今度ももう時間が無いんだ。
 犬飼。
 俺、もういかなくちゃ行けないんだよ。
 犬飼。

 ごめん、犬飼。
 俺は。



「・・・・何、泣いてるんだ、猿」
 俺はまたもや意識を飛ばしていたらしく、犬飼の声で我に返った。
「・・・・あ?」
 我に返ると、ただ目を見開いて、涙を流していた。
「・・・・・」
 びっくりして、俺は手の甲で涙を拭った。
「何だ?もしかしてもう負けた時の事考えてやがんのか?」
「・・・・・違う。これは嬉し涙。ちょっと甲子園で優勝して凪さんにステキって結婚を申し込まれたのを想像してだな〜。それから・・・」
「嘘つけ」
「・・・・・」
 俺の言葉を遮って、犬飼はその琥珀の色の目を鋭く輝かせて俺を射抜いた。
「嘘だな、それは。嬉し涙は、んな辛そうなツラして流すもんじゃねーだろ。それに・・・。
それに、お前は何を隠してる?俺達に何か隠してることがあるんじゃねーか?」
「・・・・別に。何も、隠してなんかねーよ」
「・・・俺に何か隠してないか?」
「・・・・別に」
「わからねーと思ってんのか?最近お前、変だぞ?まあ、お前は最初から変だったけど、まあ。そういうんじゃなく。
 変だ。
 何か隠してるような・・・、
 何か重大なこと隠してる。
 そんな・・・気がする。
 何を隠してるんだ?
 猿。
 何を」
 俺は犬飼の言葉に喘ぐようにして口を何度か開閉させた。
 知られるのは、嫌だった。
 同情で最後まで付き合ってくれる、とかそんな風になるのは嫌だったのだ。
 犬ッコロのことだから、そんな俺を気に入らなけりゃ平気で蹴り飛ばしそうな気もしないでも無かったが、それでも、嫌だった。
 少しでも負い目や引け目を感じたくなかったのだ。
 俺が。
 だから、話せないし、話したくも無かった。
 だってこれは俺一人の恋心だからな。
「・・・・テメーに話す事は何もねえよ。犬っころ。何も隠してなんかねえ。それとも何?俺は実はロボットだったとかいうオチでも欲しいのか?」
「・・・・テメーみたいな何の役にもたたねえロボットを誰が作るんだ・・・・話をはぐらかすな」
「・・・言っちゃってくれるじゃねえの、保健所ゆき決定のお犬様が!・・・っていうかはぐらかしてなんかねえよ。だって何も隠してねえもん。っつか、何を根拠にんな事思うワケよ、駄犬ちゃんはよ」
 こんな不意打ち聞いたことねえ。
 こんな告白信じられねえ。
 こんな。
 こんな。
「いつも見てたからな」
 信じられねえよ。
 ずっと見て欲しいって思ってた。
 思って、願った。
「テメーのこと」
 だけど、そんなの。
 今更。
「テメーっていう猿はいつもとんでも無い事しやがるからか、目が離せなかった」
 そんなの。
 沢松とかに聞いたんだろ?
 だから・・・。
「お前の事だけしか映らなかった」
 だから・・・
 そんな事。
 それとも、俺の願いは叶ったのか?
「最初からお前の事しか見てなかった。
 最初のあの入部試験の、あの時から」
 俺の『魔法』で?
 俺の『魔法』をかける前から・・・?
「テメーは激鈍猿だからちっとも気付いていなかったようだがな。最近具合悪いんだろが」
「っ・・・・!!」
 そんなに前から?
 俺が見ていた時間、ずっとあいつも俺の事、みててくれたのか?
 見てて、だから。
「俺に隠し事なんか出来ると思うなよ、猿。お前が俺を見てた事なんてずっと知ってた。違うかよ、猿」
「っ・・・・・!!」
 酷え・・・。
 酷えよ、犬飼。
 今になって。
 今になって。
 そんな告白。
 嬉し過ぎて、酷い。
「違うのか?俺の勘違いなのか?」
 そんな風に聞かれたら・・・。
 俺はYES、っていわなきゃならないのに。
 そうした方が、いいって知ってるのに。
 それでも。
「・・・・ずっと見てた。
 お前は俺の事なんか見てくれないって思ってた。
 少しもお前の中に存在してないって思ってた。
 一欠片も」
 俺は喘いで空気を求めた。
 言ってしまいたい。
 言ってしまいたい。
 言ってしまったら、
 でも。
 でも。
 でも。
 でも。
「お前っていう猿の事が好きだ」
「・・・・・」
 微かな震えが、缶に残った液体を揺らして、ちゃぷっと音を鳴らした。
「・・・・俺は・・・・・」
 決断はとても迷った。
 俺は何も言わないつもりだった。
 だって犬飼の中には一部たりとも俺というスペースがないって思ってたから。
「俺も、お前の事が好きだった」
 だから、魔法をかけたんだ。
 お前を振り向かせる魔法。
 俺を好きになる魔法。
 魔法が成功したら、俺はにっこり笑って、好きだと伝えるはずだった。
 だって魔法は。
「ずっと好きだった」
 魔法は術者が消えたら普通は消えてしまうから。
 遠慮もなく。
 笑って言えるはずだった。
「犬飼・・・・」
 ぱたた・・・と涙が黒いズボンに落ちて染みを作った。
「犬飼・・・・」
 どうしようも無く、耐えられなかった。
 魔法が無くても、俺を好きだと言ってくれた、お前。
「・・・・すき」
 それなのに、俺は消えなきゃいけない。
 去らなければならない。
 躊躇いもなく、俺が欲しかった『好き』という言葉をくれたお前を、残して。
 俺がかけた魔法じゃないから、お前を辛い目に合わせなければいけないのに。
「でも、俺は・・・・」
 きっと隠しても、いずれ知られる。
 最後まで隠し通せるものではない。
 だったら。
 嘘をつかれるよりも。
「もうすぐしんでしまう」
「・・・・」
「死ぬんだ、犬飼」
「・・・・」
「お前が体調が悪いんだろって言ってたの当たってる。多分そこまで悪いもんとは思ってなかっただろうって、思ってるに違いないって事も分かってるけど」
「・・・・」
「本当のこと言いたかった」
「・・・・」
「お前、辛いぜ?」
「・・・・」
「俺が死んだ後も続くんだぞ?」
「・・・・」
「それでも、お前は・・・・」
「バカ猿」
「・・・」
「んな事で俺が前言撤回でもすると思ったのか?
 テメーもよくよく俺のことわかっちゃいねーよな。
 もうすぐっていつなんだ」
 俺は喘いだ。
 神様っ。
 神様っ!
 どうして、こんな事になったんだろう。
 努力してどうにでもなる事ならいくらだって努力するのに。


////To be continiued/////

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