―最後の日―


「犬飼君!!」
 辰羅川の怒ったような声に犬飼はベンチに座り込んだ。
「何をしているのですかっ、アナタはっ!!猿野君との約束、忘れたのではありませんよね?!」
 辰羅川が犬飼に激を飛ばすように、俺の言葉との約束を繰り返した。
「そうだぜ、最後まで投げるって約束したじゃねえか。何ちんたら、してんだ、お前」
 俺の言葉にも犬飼は悄然と項垂れたまま、そして固く目を閉じたまま、身じろぎもしなかった。
「そうですよ、犬飼君。猿野くんも投げることを望んでいたっす」
「・・・・・」
 俺は犬飼の姿に溜息をついた。
「・・・・アイツが・・・・アイツがいねえんだ・・・・そんな約束にどんな意味がある・・・」
 犬飼の苦しげな告白に周囲は息を飲んだ。
「俺はずっと投げていたかった。ずっと、ずっとだ。・・・でも今はアイツの事しか頭に浮かばない・・・。俺は最後まで投げると約束したが・・・。俺には瞑目する時間さえ与えられないのか・・・・?」
「・・・・犬飼・・・・君」
「甘いって分かってる。でも、ダメなんだ。アイツがここに、いない。アイツが傍にいない。理屈で分かっても体が拒否する。アイツが。猿がもう死んだなんて・・・・」
「・・・・」
「死んだっていうのに、俺は投げなきゃいけないのか?!まだ、一周忌も経ってねえのにっ!・・・・俺は暫く投げねえ・・・。猿だってこんな風な俺の球を見るのは嫌だろうよ。俺だって嫌だしな・・・。こんな腑抜けた球なんか・・・。・・・子津。投げてくれ」
「・・・・・」

「犬飼」

 俺は魔法をかけるよ。

 見ることも出来なきゃ、話す事も出来ない俺という存在の全てで俺を全部やるよ。

 ずっと傍にいた。

 それでやっぱり俺はお前に魔法をかける決心をしたよ。


 振り向いて?




 俺は夜半に激しい苦痛に目を覚ました。
 目頭を焼くような痛みに、鈍痛に耐えながら、俺は魔法をかける。
 俺の命を食い尽くす魔法。
 俺の存在すべてを賭ける魔法。
 ごめんな、犬飼。
 置いて逝って。
 本当はこんな魔法、かけないで傍にいれたらいいんだけど。
 それは俺の全てをかけても願いの叶わないものだったから。
 傍にいられるだけ、傍にいるから。
 泣くなよ?
 悲しんで、前を向かなくなるなよ?
 俺を最高に良くさせる、あの球を投げるのを止めないでくれよな?



「ごめんなさい・・・・皆さん・・・・僕じゃ役にたたないっす・・・」
 目尻に涙を滲ませて、最大限の努力をしていた子津が顔を覆って犬飼の前に立った。
「どうか・・・犬飼君・・・・投げてくださいっす・・・これ以上僕には失点を抑えられない・・・!!」
 悲痛な子津の訴えに犬飼は眠ったように、微動だにしなかった。
 俺はそこに魔法をかける。
 お前が何も考えずに投げられる魔法を。
『犬飼。俺、俺が死んでから、ずっとお前の前にいた。
 振り向かせたくて、振りかえらせたくて、ずっとずっと。魔法を使ったよ。
 俺が死ぬ前からかけつづけた魔法。
 もう、時間が無いんだ。
 あの時みたいに。
 もう49日。
 俺は、本当に逝かなければなんねえんだ』
 俺は犬飼の頬をそっと包んだ。
 包んで、その頬に額にキスをした。
 溶けて消えそうな、触れもしないキスに魔法をかけた。


////To be continiued/////

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