―魔法―


 その日の試合は調子を取り戻した犬飼の送球と、必死になって取り戻した部員の活躍で、逆転勝利を収めた。
 犬飼はその日の帰りに辰羅川に心配されながら、家路へとついた。
 今、犬飼の耳には子津の驚きと哀しみの声がこだましている。
『・・・こんな時に猿野くんがいてくれたら・・・・』
 投げても、相手を3振で討ち取っても、点数が入らなければ、その試合は負けだ。いよいよ追い詰められた俺達の最後の攻撃の時間に子津が呟いた声に犬飼は顔を上げた。
『・・・・あ。済みませんっす・・・・一番辛いのは猿野くんで、犬飼くんなのに・・・』
「・・・・・」
『心配すんな、俺様っが、猿野の意思を継いででっかく打ってやるよ。いつまでも、アイツばっかりに縋るのはよくねえだろ』
『彼はナイスプレイヤーでした・・・。破天荒なところもあって冷や冷やした事も多かったですが、それを上回る程の生命力に溢れて、私達を心の底から拾い上げてくれる、そんな存在でしたね・・・。そんな彼だから、犬飼君も惹かれたのでしょうが・・・・』
「・・・・・・」
『そうっすね・・・猿野君のぶんも頑張らなきゃいけないっす・・・』
「・・・・・・」
『彼もこの甲子園を望んでいたのですから。ですから、最後まで頑張りましょうね、犬飼君。この攻撃で点を奪い返し、次の守りで失点を出さねばいいのですから。私達のためにも、猿野くんの遺志のためにも』
「・・・・『猿野』って誰だ?」
『・・・・な・・・・何を言っているんすか?!』
 犬飼は頭を傾げる。
 誰の話をしているのか、分からなかったからだ。
 自分はわからないと言うのに、さも、その人物がつい先日までこの十二支校の野球部にでも所属していたような口ぶりで話す連中の話に、犬飼は眉を寄せて誰だ?と問うしかなかった。
 どうやら、皆が知っていて、自分が知らないという事は、そしてさも当然のように、俺がその『猿野』とやらを知っているように話すからには、あいつ等が可笑しいか、俺が可笑しくなっているのか、この二つしか無い。
 でもどうやら、人数的にはアチラが勝っているので、どこかで頭でも打ったのかと思うより他ない。
 辰羅川は哀しみのために自分で記憶に封印をしたのではないかと言っていたが。
 ばかげてると思う。
(哀しみのために、俺が記憶を抹消する?)
 そんな馬鹿げた話あるわけない。
 記憶は俺を作り上げたそのもの自体だ。
 どんなに、哀しかろうが、苦しかろうが、腹だたしかろうが、俺はそんな事をしようと思わないに違いない。
 自分のことだ、自分が一番分かる。
 犬飼は意味不明な腹立たしさに身を任せながら、郵便ポストの中を確認した。
 普段はダイレクトメールだの、なんだのが入っているその中には、茶色い封筒がぽつんとあった。
 差出人は『   から』。
 宛名は。
『こげ犬へ』
 は?
 誰宛てだよ、これ。
 と思って、ゴミバコに直行だな、と思ったが、(何しろ切手も貼っていなかったのでいやがらせだとか、にしか見えない。もしかしたら、家族宛てかもしれないので聞いてみるぐらいの事をしてやってもいいが。)犬飼はそれをとりあえず自室に持ち入った。


『前略



 前略、犬ころ様。


////To be continiued/////

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